対話

2014年6月21日(土)

ドイツに住むポーランド出身のピアニストでピアノのコレクターがいる。今迄何度かそのお宅を訪問したことがあるが、いつもアンティークピアノの話しを聞きながらコーヒーを飲んだり、ケーキをご馳走になりながら、絵画やアンティーク家具の様式の話し等を聞かせていただいたりが彼との面会時間の殆どに使われてた。

J.BW. bei  Woyniewicz

映画に出てくるようなお屋敷にグチャグチャとピアノが置いてあり、そこにいるだけで何となく楽しくなるような空間での会話は、雑踏の中での日常を忘れる事ができ楽しい一時になっている。

Kabine in Garten bei Woyniewicz

彼の家にはゼッフィレーリのオペラ映画の椿姫にでてくるような庭の小屋がある。
前に、その小屋の中のろうそくの明かりの中でお茶をさせてもらった事があったが、今回は天気がよかったのでその小屋の前の芝の庭にテーブルを用意して下さり、結構のんびりとした時間を満喫させてくださった。

Garten bei  Woyniewicz

こういう事をさせてもらうと、此方の感受性にも変化が現れ、外国語での会話が特に苦にならなくなるから不思議だ。
相手が言っている事はこういう事なのかな、と聞く事へのゆとりが生まれる。そうすると、自分もそれなりに意識を表現したくなる。
ある意味、心が音楽的になる。

彼はピアニストだが、病気で現在ステージではピアニストとしての活動をしていない。
なので、ピアノの響きが解る程度の短い曲を彼が所有するアンティークピアノの前で弾いてもらったりたことは過去何度かあったが、曲をちゃんと聞かせてもらった事はなかった。

今回、 1984年にAlten Oper Frankfurt の Mozart-Saal で彼が行なったリサイタルの録音を頂いた。

日本に帰り、パソコンにCDを入れ聞かせていただいた。ショパンのプレリュードから始まり、シューマンに、そしてショパンのエチュードが始まった。思わず、涙ぐまずにいられない演奏だった。

良く聞くエネルギッシュな感じの表現では無く、流れる音楽の中にいろんな登場人物が現れ、人の対話のように聞こえてきた。まるで、オペラの重唱を聞いている時のような感じと言って良いのだろうか。
彼が、フォルテピアノから20世紀初頭の色んなピアノを蒐集している理由がわかるような表現だった。

響きは空間で、その空間の中で人が会話しているような、今日は、天気の良い庭で、今度は、雨の夕方に庭の小屋の中で、等等等、、、

CDを聴いた感想とお礼のメールを彼に送った。

彼から、今度は家で一泊して、その時ソロリサイタルをやろうか?という返事を書いてくれた。
実現できれば本当に嬉しい。

因みに、彼から譲ってもらったピアノが何台か此方にやってくる予定だ。