2009年7月25日(土)
ステージを母親に手を引かれながら中央に置いてあるベヒシュタインの前迄進み、ぺこりとお辞儀をしたあとゆっくりと彼は椅子に腰掛けた。
一呼吸の間をおき、杉並公会堂大ホールには、ラ・カンパネラの鐘のようなオクターブの高音が響き渡った。
難易度の高い曲を、どのように鍵盤を見る事もなく弾く事が可能なのか?と考えると同時に、「弾く事」への執着を完全に超えた音色の抑揚は、今迄体験した感動とは違う何かを僕に与えてくれた。決して誇張している訳ではない。
二曲目は、ノクターン 13番 c moll に続いた。一曲目と対照的な旋律と共に、響きのキャンパスには違う色彩が溢れる。
ベヒシュタインには、やはりその発展過程が影響しているのであろう、プレイエルを聞いた時に感じるのと同種の弦振動の響を(対照的にスタインウエイではタッチ・響き共に、エラールとの共通性)僕は感じる。
梯さんは、ベヒシュタインの持つ凝縮されたような弦振動のサウンドを、巧みに旋律に置き換え独特な世界を造りあげた。
ウィーンの家ではベヒシュタインも使っていらっしゃるそうだが、今回彼は、いつもと違う響きを造りたいと言う理由で、コンサートでは始めてベヒシュタインを使ったそうだ。
後半のライプツィヒ弦楽四重奏団とのアンサンブルで、梯さんが弾くベヒシュタインの真価はさらに発揮された。梯さんのピアノが弦楽器にとけ込み、絡み、しかし、高音の旋律は浮かび上がる。
流石、ライプツィヒ弦楽四重奏団は、梯さんをパートナーに我々聴き手をドイツ音楽の世界に見事に誘った。
杉並公会堂の木陰のせせらぎに元気な「ます」が跳ねた。
7月22日の夜の事だ。