変化

2010年5月2日(日)

フランクフルトメッセに行くついでに、今回は一日フランスに立ち寄った。3月下旬の事だったが、先月は目が回る忙しさで、書き込みをする気持ちのゆとりが無かった。

ヨーロッパ市場での Made in Asia のピアノの洪水の中、ピアノ産業・音楽マーケット全体は 何処に向かおうとしているのか。
20年以上、ピアノ生産者と市場そのものの変化を、日本とヨーロッパ 双方で体感しているが、ピアノを取り巻く社会全体の動き、人の価値観の変化について 思考を巡らさざるを得ない。

フランス
プレイエルの工場移転後、初めてパリに立ち寄った。前回のフランスは、南仏プロバンスのアレスという町にある工場と改装後間もないサル・プレイエルを訪問し、プレイエルの説明書を作成する為の旅行だった。丁度、パリを舞台にしたダビンチコードが当時上映されていた。
その後、プレイエルはアレスの工場を閉鎖し、戦前に工場のあったパリ北部のサン・ドニに移転させた。
大幅に工場を縮小し、サル・プレイエルの運営と高級ピアノの製造に特化する体制に変わった。
その移転した工場を今回訪問したが、20世紀初頭のプレイエルのレストレーションの取り組みをも併設する、工房と呼んでも良いような小さな工場だった。彼らの話を聞いていると、「原点回帰への取り組み」という言葉が真っ先に頭に浮かぶ内容だった。しかし、フランスにおけるアップライトピアノの製造工場は現時点では消滅した。

Pleyel 2010

ドイツ
90年以後、ほぼ毎年フランクフルトメッセを体験している。当時は、ドイツメーカーの他、フィンランド、オランダ、イギリス、フランス、東ヨーロッパ、ロシア等、19世紀、又、戦前からピアノを製造する、歴史ある多くのヨーロッパ中のピアノメーカーが出品していた。韓国のメーカーが日本製に対抗する勢いでヨーロッパ市場に参入して間もない頃だった。
その後、中国メーカーのブース数の増加と出品台数の増加にまるで反比例するよう、ヨーロッパの中小のピアノメーカーはメッセ会場から年々姿を消していった。昨年のメッセでは、出店料金の高騰に対する抗議という意味で、ついに、ほぼ全てのヨーロッパのピアノメーカーと部品メーカーがメッセの展示をボイコットし、出店者はアジア勢のみになった。
その数年前から、メッセ期間、ベヒシュタインは本来ならばメッセ会場で行う世界中のディーラーとの商談の場を、フランクフルトのショールームに移した。
今年は、ドイツのピアノメーカー、部品メーカーが又メッセ会場に復活したが、ヨーロッパの出店者数/展示台数は、20年前の3割程度ではないだろうか。

FFM2010

ベヒシュタインに代表される、ヨーロッパで元気なピアノメーカーは、響きの個性という中でのアイデンティティーの”ぶれ”の無い主張が上手くなされている会社に集約されてきているように感じる。

ピアノ、というか楽器の響きそのものには著作権が無い。
長い時間、苦労して培われた物をコピーし、程々の品質まで落としたものが氾濫し、結果オリジナルを潰していく。
音楽そのものもそうではないだろうか。環境問題同様、取り返しがつかない事になる前に、構造を再考する必要を感じる。

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