フォルテピアノの調律にトラベルソの有田正広さんのお宅に先日伺った。
1800年代前半のフランスの楽器を午前中から夕刻迄複数台数調整したが、ピアノ技術者の立場としても楽器から教えられる事がいつも何かある。
マニュアル化されている現代の多くの機器と同様、量産のピアノの調整はマニュアル化されていて、ある意味変に変更するよりマニュアルの指示通り行なった方がある程度の結果がでる。
料理を例としてととりあげてみたい。
インスタントの食材の調理も、マニュアルがある時はそれに従った方が美味しくできるという経験をされた方は多いと思う。
しかし、例えば白菜やネギを加熱処理したいとき、素材の鮮度や季節で、セルロースの硬化?が理由なのか、素材の固さの変化を触感でも容易に感じられる。加えて部位によっての堅さの違いもある。
自分は料理をするのは稀だし、上手くできるとは正直とても言えないが、鮮度や部位の繊維の固さで加熱する時間を直感的に変えている。というか変えないと失敗作になる。
きっと、料理好きな方やプロの料理人はもっと的確な工夫をで様々に施していらっしゃるだろう。
炒めたり、焼いたりしているときの音の変化も感じていらっしゃるという事も聞いた事がある。
しかし、これがインスタントになると、書いてある通りにやった方が結果が良くなる。
僕は、これと同じ事をピアノの調整をしていて感じる
量産のピアノは、マニュアル通りやった方が結果が良くなる。調律もしかりで、電子チューナーのラインに従って合わせた方が、無難で心地よい響きが得られる。
得られる結果は、インスタント食材の料理と同じように、よくも悪くもなく「無難」な結果になる。
完全に量産化されていないピアノの場合はどうか?
料理と同じような事が、ピアノの調整に当てはめる事ができるな、などと考えながら、3台のフォルテピアノの調整をやっつけた。
集中力の糸が切れかかって放心状態になりかかった僕に、ローゼンタールのショパンのノクターンをSPで聴いてませんか?と有田先生に声をかけていただいた。
夜想曲という言葉通りの柔らかな旋律が、優しい伴奏の上に乗り心に響いた。このSPの録音はモダンピアノだったが、それで奏でられる音楽は、今迄自分が調整していたフォルテピアノの響きの延長線上に確実にあった。
4日後、ジャズピアニストの石井彰さんの家で20世紀初頭のベヒシュタインのアップライトの調整をした。
有田先生に聴かせていただいたローゼンタールの奏でる響きが脳裏に蘇った。
調律と整音を行なったが、ベクトルはSPで体験した響き、フォルテピアノの響きに合わせる事が良いと判断できた。
マニュアルが無い所での四苦八苦しながらの工夫が生む感動が、能動的にも受動的にもある。
21世紀に製造されるベヒシュタインも、多かれ少なかれ量産ピアノのようなマニュアル化は難しい。喜ばしい事だと思う。