録音現場の緊張感は、コンサートの時とは違う。
演奏会の場合、会場と観客もその場の空気感を作る要素になり、演奏家がその空気感から何かを感じパフォーマンスが変化する様子をステージの袖から感じる事がある。コンサートは一発勝負だが、そういう意味で自由で一種の遊びのような感覚にも触れる事ができ、ここに感動する事も多い。
録音の場合、演奏者の頭に鳴り響く音楽を、何かの外的要素の影響を受けることなく我々が居る現実空間に引っ張り出しているように感じる。
なので創作アプローチが、細部に渡り非常に緻密になる。
録音について自分の立場で言えば、録音で使用するマイクは恐ろしく感度が高いので、普段なら全く気にも止めないレベルの共鳴音や、音色のばらつき感まで気になるので調律と整音の兎に角手直しを頻繁に行うことになる。
今回の録音では、ピアニストの稲岡さんと相談した結果、平均律でなく不当分律 (Bach’s seal Y.Okamoto ver.1)で行なった。
今回収録する楽曲がモーツァルトだったので、稲岡さんはフォルテピアノ的なパフォーマンスのアプローチができるモダンピアノ、ベヒシュタインで録音することになった。そこで、調によって響きの色合いが変化するということで、ピアニストのパフォーマンスをさらに支えることができると思い、今回は平均律でなく不当分律を推した。
今回は、C Dur , D Dur, a moll で、響きの色合いが変わるのが調整室でも手に取るようにわかり、曲想と響きのコントラストの整合が大変興味深かった。
先人たちによって生み出された音源の作品は決して少なくないからこそ、新たな感動を覚えられる作品を生み出す為に尽力すべき職業の責任を更に感じるセッションだった。