倍音

2017年3月22日(水)

先日、現代曲の録音の調律依頼をピアニストの飯野明日香さんから頂き、2日間、立会い調律をさせていただいた。今まで、集中して現代曲を聴く習慣が殆どなかったことから、今回の録音での経験で新たな発見がいくつかあった。その中の一つに、倍音の聞こえ方が特に面白かったので、書き留めておきたい。

同時に2つの音がなる場合、Difference tone (差音)という現象が生じる。これは、実際なっていない音が聞こえる事である。

同時に二つの音がなった場合、その2音の周波数の差の回数の唸りが生じる。例えば440Hzと442Hzの音が鳴れば一秒に2回の唸り、すなわち振動が生じる。この二つの差を例えば440Hzと540Hzとした場合、540-440で100回の振動が生じる。しかし、一秒に100回の唸りは聞き取れず、その代わり100Hzの音が鳴っているように聞こえる。これがDifference toneである。

今回の録音の曲の中で、ダンパーペダルで、ダンパーを解放し、弾いているすべての音をぶつけ合い、その音程を変化させていく楽曲があった。

曲名はカリオンということだった。その時、まさにカリオンの鐘が生む、おそらくDifference toneであろう高い音が生じ、その高い音が5度とかの特定のインターバルで移行していくのが聞き取れた。リング・モジュレーションを彷彿させる倍音の変化で、鐘の響きをイメージしながら演奏を聴いていた。

その楽曲のタイトルが「カリオン」と知ったのは、そう自分が体感したあとのことだった。

通常、協和音だけでは味わえない響きの変化で、自分にはとても新鮮な体験だった。

唸りを生む倍音をどのように聞き取るか、という工夫で、自分は調律をする際、耳の位置を、左右や上下に移動させることがある。調律や整音は、倍音を空間に組み立てる作業なので、倍音の聞き取り方で、ピアニストの造りたいであろう響きをイメージし、それにマッチングさせていく。

倍音をたくみに利用したこの現代曲の面白さから、作曲者の感性の多様性に改めて敬意の念を抱いた。

倍音という事で、丁度その体験の10日後面白い経験をした。

いつも、良いサウンドを楽しませていただく、Nさんのレッスン+オーディオルームでの出来事だ。

調律の仕事が終わったあと興味深い音源を聞かせていただいた。

マイクの異なった設置位置で収録されたピアノの録音だった。マイクのセッティング方法に名前があるようで、ワンポイント方式、デッカ方式、フィリップス方式、と言われている3つの異なったマイクセッティングだった。

マイクセッティング位置の差異がある場合、倍音の取り方のみでなく、距離の違いによる音源からの時差も生じる。

なので、この時差や音源と反響音との混合具合が違うのだろうと考えがちだが、自分は調律の時の体験から音源からの位置による倍音の聞こえ方の違いを体験しているので、倍音の聞こえ方の違いを期待した。

実際聴かせていただくと、倍音の聞こえ方が自分のイメージを遥かに超えていた。優れた演奏家は、倍音に声部を乗っけたり、消えゆく倍音を意識しながら次の音を出したりする。

倍音は音楽の立体感を形成する上でとても重要なファクターになる。

今回、Nさんのオーディオシステムで、同時に録音された、3つのマイクセッティングを比較試聴させていただいたことで、録音技師のこだわりと難しさを認識することができた。

今月は、倍音が生み出す作用の面白さを何度も体験できた。アコースティックの無限とも言える芸術性に改めて感謝だ。