告別

2010年11月24日(水)

日常の朝は、会社に到着した部下の言葉で一変した。深町さんの訃報だった。

全く予期せぬ言葉に、何かの間違いでないかと思わず二度聞き返した。

まだ、先月、鎌倉のコンサートで仕事をさせていただき、別れ際会場の玄関で、

「明日はどうしようか」
「なんかあったら電話ください。都合付けられるかもしれません」
「分かった。じゃあね」

と、会話を交したばかりじゃないか。
その時の仕事、リハーサルの立会、そして、その会話が最後になってしまったのか。。

20数年前に、ベーゼンドルファーを持ち込み、即興のピアノコンサートをした教会の名が、深町さんとのお別れの場だとニュースに書いてあった。

受け入れがたい事実だった。

僕は、深町さんのピアノソロも、CPとシンセサイザーの演奏の時も、幸い数多くの創作の場に居合わせる事ができた。

特に、80年代後半に行なわれたピアノソロでの即興演奏シリーズは、自分も調律や楽器選びで深く拘らせていただいたたので、とりわけ深い思い入れがある。
その演奏会は、赤坂霊南坂教会から始まり、目白カテドラル教会、そして、ベヒシュタインを持ち込んだFM東京ホールにつながっていった。夫々のコンサートで、音楽という絵が、深町さん特有のタッチで空間一杯に描かれた。

録音以外に形を残していない数多くの即興演奏が、このまま多くの人の耳に届けられないまま眠らされてしまう事のないよう願う。
その為に、何らかのお手伝いすることが、生きる事に無器用だった天才、深町純さんへの敬意ではないかと感じている。

ただ今は無性に悲しい。もっと深町さんの音楽に触れたかった。

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