道義

2014年11月13日(木)

約一月ほど前のことだ。オーバーホール、もしくは買取の査定をして欲しいという依頼があった。
古いピアノを所有しているが、どうも具合が良くない。場合によっては修理したいし、もうダメなら手放そうかとも考えている。という事だった。
所有者の方がご高齢で他にピアノを演奏なさる方がご家族にいらっしゃらない場合、オーバーホールがあまりに大げさになってしまうと躊躇されてしまう。依頼された方の様子を事前にお伺いした際、今回もそのようにお悩みなのかな。と想像し査定にお伺いした。
所有なさっていらっしゃる方は某国立大学の経営学の元教授で、セミプロ級に作曲もなさっていらっしゃった方だった。
オペラがお好きなようで、様々な楽曲の総譜が本棚にぎっしり置かれている前に問題のピアノが置かれていた。知人のピアニストから譲ってもらったという戦前のニューヨーク製のMod. Bだった。

とりあえず全体の音を鳴らしてみた。

半音以上下がってしまっている弦が5~6音あり、その部分を、赤いフェルトでミュートしてあった。
去年調律をした。という事だったので、その調律師がピンを回しても固定ができず、十分な時間もなかったので止む無くミュートした。とまず解釈した。
しかし、ユニゾンの弦の一本が半音低下していれば、たとえ狂った弦をミュートをしたところで、振動を完全に止めることはできない。よって、その部分の音は確実に違和感を感じ和音を鳴らすととても気持ちが悪い。
これではさすがに演奏できないな。。と感じた。

Alte Flugel

特定の弦のみの張力が、調律をしてもすぐに大幅に低下してしまう一般的な理由としては次のように考えることができる。
チューニングピンが植わっているピン板に亀裂が入ってしまうことがある。木材の吸湿排湿の繰り返しや、弦の張力に木材が耐えかねて生じてしまう割れだ。
その場合、チーニングピンを保持するためのトルクが弦の張力より弱くなり、チューニングピンを適正な位置で固定できなくなってしまう。もし、そうなっていれば弦と鉄骨を取り外し、ピン板を交換しなければならなくなる。
そうではなく、ピン板に問題がなければ、緩いピンのみを抜いてピンの周りに何かを巻いてピンを打ち直したり、太いピンに換える修理によりピントルク低下を改善することができる。

そんな説明をご依頼主にしながら、ミュートを取り、下がった弦のピンを一本回してみた。

硬くて全く普通のピントルクだった。

他の下がった音のミュートも外し、ピンを回してみた。
同様に全く問題のないピントルクだった。大幅に下がっていた弦のピントルクは”全て”正常だった。

振込詐欺事件が相変わらず後を絶たないが、専門でない方には判断できないことを故意に行ったのだと理解し愕然とした。
同業者としてとても悲しくなった。

依頼者の方は
「自分は高齢なので普通に弾けるようにさえなっていればそれで充分で、ピアノを工場に入れて完全な修復をする必要はなく、簡易でも修理ができるならそれがとてもありがたい。」
とおっしゃった。

アクションだけ工房に引き上げ、破損している箇所を再接着し、象牙の剥離を修理し、各部の動きを円滑に調整した。

アクションを納品し、アクションの調整と、普通に調律を行った。とても良い響きのピアノになった。
古い楽器が好きなピアニストならサロンコンサートの本番に使用してみたいと思うんじゃないかな、という感じのピアノだった。

ピアノの販売についても、嘘や思い込みで、消費者にちゃんとした内容が伝えられていないことに直面し驚くこともあるが、自分の業界にも振込詐欺まがいの酷い話が本当にあるものだ。。。