【連載】ベヒシュタイン物語 第3楽章 ベヒシュタインはこうして作られる

26,《価格と資産価値からみると……》

 

ベヒシュタインは一八五三年に最初の楽器が作られてから、既に十八万台を超える台数が製作されています。この台数は他のピアノメーカーと比較すれば、決して多いとは言えません。しかしドイツ伝統の手作りの手法を頑固なまでに守りながら、一台一台納得するまでに、あくまで「工業製品」ではない「楽器」としての本質を追究して作られているベヒシュタインは、元々製作台数が少なかったうえに、戦災により生産を中止していた時期もありました。また多くの楽器が消失してしまったという希少価値も手伝ってか、中古市場においても価値が下がるどころか、モデルによっては新品時の価格をはるかに上回るものもあります。その中には一〇〇年以上前に、各国の王室に献呈されて、今なお現役の楽器として演奏可能なものもあります。ベヒシュタインの生産台数が少ないもう一つの理由は、楽器の耐久年数を十分に考えた製作方針にもあります。木材や繊維製品、革などから作られるピアノは、経年変化を避けることはできません。しかし材料を吟味しそれぞれが製作台数を増やすために、人工的に短時間のうちに変化させられるのではなく、内部の分子構造等を最も自然な状態にして加工していけば、その後の変化を最小限に押さえることができます。ただしそのためには非常に長い時間と多くの手間を労します。そのためにベヒシュタインはわずかな台数しか生産できません。しかしその結果としてベヒシュタインが、ピアノ市場において、とりわけ耐久性が高いということを誇っていられるのです。このようなベヒシュタインは、ピアノとして最高級の部分に位置していて、演奏する人びと、それを聴く人びとに音楽としての喜びを与える一方、製作後年月がたっても価値が下がらないために、十分に投資としての価値も兼ね備えております。むしろ完成したばかりの楽器よりは、何年間も弾き込むことによって、弾く人の特徴を楽器が理解し、初めて楽器としての真価を発揮するという言い方もできるかもしれません。

「そんなばかな……」とおっしゃる方に一言。時速二〇〇キロメートルは軽く出すことのできるメルセデス・ベンツでも、一年間、時速一〇〇キロメートルを最高速度で走って御覧なさい。そこで急に時速二〇〇キロメートルを出そうと思っても出ないということと同じことなのです。

100年前に製造され、この度修復されたベヒシュタイン・グランド・ピアノ

 

27,《ピアノの寿命》

ピアノというものは、はたして寿命があるものなのでしょうか。これはどんなピアノについても言えることなのですが、確かに「ない」とは言い切れません。形あるもののすべては、それぞれもって生まれた寿命というものを持ち合わせております。ただし、ピアノの場合は「生物である」と同時に「機械である」という言い方もできるように、およそ五〇〇〇個以上にも及ぶおびただしい数の部品からなっております。それぞれの部品には摩耗する部分と、ヴァイオリンの木のように枯れてかえってよくなる部分がありますが、特に前者は一定の消耗の後は、全体のバランスも考慮した上で交換が必要です。この交換によって、あたかも寿命がきたように見える楽器を甦らせることができます。しかし、場合によってはかなりの大手術になる場合もありますから、もちろんその費用という問題も出てまいります。もともと、すべてが最高の部品により念入りに製作されているベヒシュタインは、この交換はほとんど必要ありません。しかし、ピアニストの方が膨大な時間を共に過ごされたり、コンサートホールで毎日のように演奏会に使われたりいたしますと、ある程度の手入れはしなくてはなりません。ただし、その費用は大手術に比べればわずかなものですし、仮に、大手術の必要があるほど弾き込まれたとしても、年数がたっても楽器の価値が下がらないベヒシュタインならば、どうあっても再生しなければということになると思います。

 

100年前に製造され、この度修復されたベヒシュタイン・グランド・ピアノ

 

つづく

 

次回は28,《ピアノの経済学》

をお送りします。

 

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向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。