【連載】ベヒシュタイン物語 第3楽章 ベヒシュタインはこうして作られる

 

28,《ピアノの経済学》

 

もうひとつ、何も一〇〇年も先の話でなく、一〇年、二〇年先の「ピアノ経済」というお話をいたしましょう。

ピアノは木、動物、特に貴重な野生の鹿の皮、羊の毛、鉄それに人件費からできています。これらはすべて毎年絶対に値上がりすることは、今の地球の資源とドイツ情勢とから考えて容易に想像できますし、現に過去はそうでした。確かに若干の合理化努力とか、一部の資源がドイツマルクのお陰で安くなったというようなことはあったかも知れません。しかし一年間にすべてが八パーセント値上がりすると仮定すると、一〇年間にその価格は二・一六倍になり、さらに一〇年で四・三倍にもなります。

つまり今五〇〇万円のピアノの定価が、二〇年後には二〇〇〇万円以上にもなってしまいます。過去は確かにこうはなっておりません。それは円高で(当時と比べますと、マルクは五〇パーセント切下がっています)吸収できたからです。それでも二〇年前から見ますと、日本の価格は二倍以上にはなっています。

あなたが二〇年大切に使ったピアノを手放さなくてはならないとします。二〇年後、その時の定価が倍以上であるとすると、あなたは新品価格の半値すなわち購入した時の価格で販売できる筈です。しかも今後日本経済は対ドイツマルクにおいて、一〇年で五〇パーセントも有利に展開するとも思えません。

国産ピアノの下取り価格をみると、一〇年以上もすれば、その価値は購入価格の一~二割が普通です。ベヒシュタインは逆に再販価格が上がってしまうこともあります。この嘘のような話はしかし現実なのです。なぜまたまた「そんなばかな話が……」と思われる方に。それは需要のあるところだけに物を作るドイツ人と、何でも物をたくさん作って需要を創り出せばいいじゃないかという、日本のピアノ産業人の考え方――文明の違いとでも申しましょうか――からくることなのです。

 

 

29,《並行輸入問題》

 

近年新聞紙上などを賑わしている話題のひとつに、並行輸入という問題があります。簡単に申し上げますと、ヨーロッパの製品の現地における価格と、同じ商品の日本における価格に著しい格差があり、日本国内正規販売店で買うと非常に高いので、他のルートまたは個人で輸入しようということです。単純に価格を比較すれば、日本の価格には、ヨーロッパから日本まで木枠による完全梱包、運賃、それにともなう運送保険料、通関手数料、関税、為替レートの変動分、日本国内での運賃、開梱、廃材処理等々かかりますから仕方がないことです。

ベヒシュタインもまたEC圏内の楽器でありますから、この問題は避けることはできません。しかしだからといってドイツ(ヨーロッパ)に出向き、または知人に頼んで楽器を買うこと(つまり並行輸入)が得になるといえるのでしょうか。

節約するとすれば、日本における流通経路を飛び越えるぐらいで、通常は現地にて契約時に楽器の代金を前払いしなくてはなりません。さらに大きな心配をしながら、輸送、梱包、通関などの面倒で根気のいる手配をしなければなりません。これには言葉の問題もつきまといます。かといって業者に頼めば、余計な費用がかなりかかってしまうことになります。さらに最も大切な日本到着後の、最初の調整及びその後のメンテナンスなどの心配もあります。

従って、ベヒシュタインの正規販売代理店で購入されるのが、高級楽器に最もふさわしい購入方法で、結局は得になるといえるのではないでしょうか。

 

つづく

 

次回は30,《アフターサービス・技術者研修》

をお送りします。

 

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向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。