【連載】ベヒシュタイン物語 第一楽章 創立者カール・ベヒシュタイン

2.《音楽的「耳」を持った少年》

 

 カール・ベヒシュタインは、ごく普通の幼少時代を過ごしましたが、まもなく、思いもかけない悲劇がこの家族を見舞うこととなります。父親がカールが生まれていくらもたたないうちに、病の床についてしまったのです。そして、1831年、カールが4歳のときに、とうとうこの世を去ってしまいます。若くして未亡人となってしまった母親は、数年後、古くから親しい付き合いのあった一族で、すぐ近くの村ディーツェンハウゼンの聖歌隊の先唱者をしておりましたアグテと再婚します。

 アグテはまじめで物知りでしたが、非常に気が短く友人もわずかしかおらず、愛情にも欠けていました。それにもかかわらず、カールは、この厳しい義父に、音楽に対する喜びとその奥の深い教育をしてくれたことへの感謝を忘れませんでした。いうなれば、これが、カールの幼少時代であり、音楽への第一歩でもあったのです。

 アグテは、その厳しい性格にもかかわらず、自身が優れた音楽家であり、カールが、音楽に対する天賦の才能、さらに、とても秀れた音楽的な「耳」を持っていることを見だしました。そして、カールにピアノ、ヴァイオリン、チェロのレッスンを受けさせ、カールはまた、非常に熱心に、これらの楽器を練習しました。また、読書にもとても興味を示し、次から次へと、義父の蔵書を読みあさっていきました。この知識に対する、すばらしいまでの欲望は、ベヒシュタイン一族に共通するものなのです。

 数年後、二人の姉は、美しく成長していました。そして、気難しい義父のもとから離れることを切望していました。そこへ結婚という最初のチャンスがおとずれました。エミリエの夫は、ヨハン・グライツというすぐれたピアノ職人でした。エアフルトのヨハネス通りに小さな工房を構えていました。

 

 つづく

 

904-F現在のエアフルト ヨハネス通り

 

次回は

《ピアノ作りの修業》

をお届けします。

向井