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ドビュッシーピアノ曲の秘密

公演名:ベヒシュタイン・ジャパン ドビュッシー没後100年フィナーレ企画
『ドビュッシー ピアノ曲の秘密』
~ピアノ1台でオーケストラのような効果を出すには~
出演者:青柳いづみこ(Pf)、加藤正人(対談)
日時:2019年2月8日(金)
会場:汐留ベヒシュタイン・サロン

今回は、ドビュッシー没後100周年のフィナーレ企画として、ピアニストで文筆家の青柳いづみこさんをお迎えしてのレクチャーコンサートでした。プログラムはオール・ドビュッシー。
前半は冒頭に〈夢〉を演奏された後、ピアノ制作マイスターで弊社社長の加藤とベヒシュタインやドビュッシーにまつわる対談が行われました。青柳さんが2018年に発売されたドビュッシーのCDでは、1925年製のベヒシュタインE型が使用されており、その録音に至る経緯を語って下さいました。CDの目玉である《聖セバスチャンの殉教》は、原曲がオーケストラの曲なので、その立体感や神秘的で摩訶不思議な雰囲気を出すのにこのE型がぴったりだったということです。これらについての詳しい内容は、『ドビュッシー ピアノ曲の秘密』(青柳いづみこ監修、音楽之友社2018年11月発売)の対談ページに掲載されています。
ここで、ベヒシュタインと他社のピアノの構造の違いについて、ピアノ製作マイスターの加藤より映像を使っての説明がありました。時代が変わっても現在まで継承されているベヒシュタインの特徴として、低音域、中音域、高音域と各レジスターの音色の違いを弾き分けることができるということ。戦前のものはよりそれが強く反映されているが、現在のモデルにもその特徴は踏襲されているということです。ベヒシュタインのカタログなどで「オーケストラのような立体的で多彩な音色作りができる」という謳い文句を目にしますが、その言葉の意味がよく分かりました。さらに際立った特徴として、高音域にいくほど高い倍音が共鳴するようにズレ幅が大きく設計されており、高音でゆらぎが出るように工夫されている、という説明がありました。つまり、それによって生じるうなりが一音一音独特の味わいを生んでいる、ということです。青柳さんがベヒシュタインで特に気に入っているところは、ドビュッシーを弾く際、「ペダルを踏んだままでも音が濁らずクリアに聞こえるところ」だそうです!
後半は、青柳さんの演奏と解説でドビュッシーのいくつかの作品をもとに、各場面でどのような音が求められているのか、また理想的な音を出す為にはどのように弾いたら良いか、またどのようにアプローチしたら良いか、という実践的なレクチャーが展開されました。主に取り上げられた曲は下記の通りです。

♪〈スケッチブックから〉
♪《ベルガマスク組曲》より〈月の光〉
♪《映像第2集》より 第1曲〈葉ずえを渡る鐘の音〉
♪《聖セバスチャンの殉教》ピアノソロ版(カプレ編曲)より〈百合の園〉、〈法悦の踊り〉
♪《前奏曲集第1巻》より〈亜麻色の髪の乙女〉、〈沈める寺〉、〈ミンストレル〉
ほか

レクチャーの中では青柳さんの演奏法の解釈を裏付けるものとして、ドビュッシー自身が語った言葉がいくつか紹介されました。〈月の光〉の冒頭(譜例1)では、一般的には最上声部を強く出そうとする人が多いけれども、この場合そうではなく、すべての音が溶け合った響きとして聞こえるようにあえて上の音を強調しすぎないほうが良い、ということでした。このことはドビュッシー本人の「名ピアニストの(右手の)小指は不要だ。」という言葉にも裏付けられています。彼は「自分の音楽は全て旋律だ」とも語っており、ドビュッシーの和音は自然倍音列だけから拾われているので、すべての和音がきれいにハモるのです、と青柳さんは仰いました。ある時、ドビュッシーが「君の(作曲の)ものさしは?」と尋ねられると、「耳の喜びです。」と答えたそうです。ドビュッシーは偏屈でとてもこだわりのある人物だったと言われていますが、彼の残した言葉は多くが記録に残されており、そのおかげでこうして現在でもドビュッシーのピアニズムを知る上でたくさんのヒントを得ることができるのは幸いだなと思いました。

譜例1.《ベルガマスク組曲》より〈月の光〉 冒頭部分

次に、三段譜での各旋律線のレベルの弾き分けについて、《映像第2集》より、第1曲〈葉ずえを渡る鐘の音〉(譜例2)を例に、楔形(三角)アクセントとテヌートの弾き分け方について言及されました。三角(楔形)アクセントは、指を固めて重さはかけずに打鍵のスピードを速く、テヌートはゆっくりと打鍵、また3小節目に登場する最上部の旋律は、輝きを出すために、やはりこれも固い指で重さはかけずに弾きます、とのこと。

譜例2.《映像第2集》より第1曲〈葉ずえを渡る鐘の音〉

続いて、1889年のパリ万博で展示されたプレイエルのモダンチェンバロに影響を受けたドビュッシーが、自身のピアノ曲にクラヴサン音楽の技法を自身のピアノ曲に取り入れた例がいくつか紹介されました。例えば、《前奏曲集第1巻》より〈ミンストレル〉(譜例3)では、装飾音はチェンバロのイメージで前に出さず拍頭で合わせ、また両手の激しく交差するところでは指の関節の支えとバネが必要、と弾き方のコツを実演して下さいました。

譜例3. 《前奏曲集第1巻》より〈ミンストレル〉

青柳さんが学生の頃のピアノ界は、大きい音でより速く弾くことが競われていた時代で、ドビュッシーなどは指の弱い人が弾くもの、と言う人も多かったそうです。もちろんそれは間違った認識で、ドビュッシーはショパンの弟子であるモーテ夫人の弟子でもあり、ショパンのピアニズムを受け継いでおり、むしろ指の強靭さが必要だと仰いました。他にも、ベヒシュタインとも絡めつつ、ドビュッシーのピアノ曲を弾く上でのコツを惜しみなくお話し下さり、フィナーレ企画に相応しい盛りだくさんな内容で、大変有意義な時間でした。
(前田)