C.BECHSTEIN 8 お嫁入り

2016年2月4日(木)

DSC_0263左がベヒシュタイン、右がディアパソンです。

 

1944年製ベヒシュタイン8のお嫁入りに立ち会ってきました。運命的な出会いだった8とS様。隣のディアパソンNo.132はお母さまの形見だそうです。オーバーホールもし大事にされているのがよくわかりました。消音ユニットがついていたのですが、これがなんとファツィオリの音源でした。なんだか目で見てるものと聞こえてくるものが違うのはちょっとおもしろい感覚でした。

西洋の楽器や音楽が日本に本格的に入ってきたのは、1600年代から続いた鎖国が解けあの有名なペリーさん、黒船来航の1853年以降のことです。奇しくもベヒシュタインの創業の年ですね。まだその頃日本にはピアノを製造する技術はなく、完成品として日本に入ってきていたため、かなり高価なものだったようです。ようやく1900年に作れるようにはなりましたが、質の良いピアノを製造するため、河合小市氏(現河合楽器製作所の創業者)と大橋幡岩氏(ディアパソン、オオハシピアノの設計者)の2人をドイツに視察に送り出しました。視察先はもちろんベヒシュタインです!ベヒシュタインの技術者シュレーゲルを日本に招聘し指導を仰いだのは1926年頃~1929年頃。それまでの規格があっていれば良いという考えから、音楽とは、ピアノとは、楽器とはという抽象的な議論が交わされ日本のピアノ製造に大きな影響を与えたとされています。その後河合小市氏は河合楽器製作所を、大橋幡岩氏はオオハシピアノやディアパソンの設計をすることになります。

ベヒシュタインの弟分(?)ともいえるディアパソン。その2台が並んで立っているのは迫力があります。玄関を入ったら目の前に並んでいるんです。玄関開けたら2分でピアノです。もともとディアパソンが置いてあった場所をベヒシュタインのために開けてもらい、一番良い席を確保しました。ごめんねディアパソン君。でもきっとS様は二人とも同じくらい大切にしてくれるはずだから、これからも良い音を出してS様を喜ばせてね。

「戦前のベヒシュタイン 8」のブログで少し触れましたが、このベヒシュタイン8は1944年1月7日にベヒシュタインの工場から出荷され、スウェーデンに渡りました。同年1月20日のイギリス軍の爆撃の影響を受けなかったのは、スウェーデンに行けたからなのですね。不思議に思うのは、そんな戦時中でも海外にピアノを輸出しているという事実。教科書でしかわからない世代だと、戦争中はそんな余裕なんてなさそうなのに。。と思ってしまいます。戦争中だからこそという思いもあったのかもしれませんね。何はともあれ、ドイツ→スウェーデン→ドイツ→日本と長い旅を終え、やっと安住の地を得られたこの子。これからはS様宅で元気で健康に過ごしてね!

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