【連載】ベヒシュタイン物語 第3楽章 ベヒシュタインはこうして作られる

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20.《ピアノの哲学—-音色を作るのはピアニスト》

一流ピアノといわれるものには、ピアノの持つべき機能や音楽の中で、果たすべき役割をどう実現するかという信念があります。

ベヒシュタインはまず「芸術品であるべきピアノは、当然のことながら弾き手そのものの意志を、最も正確に表現するべきである」と考えます。そのためにはピアノがどうあるべきか、そしてさらに設計上、材料、製作工程上どうあらねばならないかを、140年にわたって研究し、その成果を世に問うています。

以下、このFibel(入門書)で、ベヒシュタインの「ピアノはどうあるべきか」という哲学をご披露します。

逆説的説明をいたしますとベヒシュタインは特有の音色を持ちません。つまり、音色はピアニストがタッチによって作り出すものと考えますから、ピアノそのものが、個性を発揮しすぎますと、誰が弾いても同じ音、そして、その微妙なピアニストのニュアンスを聴き分けられなくなって、単にテクニックが正確であれば、同じように聞こえてしまい、人間性が表現できなくなって、ピアノがつまらなくなってしまいます。したがって、ベヒシュタイン・ピアノは、フォルテシモは当然のことながら、ピアニシモにおいても、透明感のある音、そしてタッチによって、音色ができるだけ敏感に反応するべきである、と考えて製作しています。

ピアニストがもっとその個性を発揮できる透明感のある音が、ベヒシュタインの音色といえましょう。

 

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21,《音は響板がつくる》

前節のベヒシュタインの音色を達成するために、ベヒシュタインは、まず、ピアノの音は響板で作るべきであると考えます。

こう述べますと、「当たり前です」諭されそうですが、残念ながら、それは決して一般的なことではないのです。一流ピアノといわれるグランドピアノのふたを開けて、ベヒシュタインと、中をよく比較してください。またはカタログをよく御覧になってください。ほかの部分で鳴らそうとしているピアノが、実はとても多いのです。

響板以外の部分が、よく鳴ってしまうと、どうなるでしょうか。そのピアノの音の個性は出るかもしれませんが、夾雑音聞こえたり、共鳴・共振する場所が、音程・音域によって異なって、不安定さや“ばらつき”が生じたりします。したがって、ベヒシュタインでは、ケースを最強の木枠で支えるために、内側のケースと外側のケースに分けて製作し、そして、響板を、しっかりと内側のケースで固定した後、外側のケースに組みつける、という工程をとっています。(日本製は一般的に、外側のケースに響板をはめ込むという工程をとっています。)また、鉄骨は、響板とぴったり合わせて振動して、フォルテシモがだせるように、強固に固定されていますし、余分な金属ナット類(意識的に、これらを振動させるようにしているメーカーが多いのですが)は、何一つついておりません。

コンサートシリーズモデルでは、K(奥行158cm)からM,B,C,EN(280cmフルコンサート)に至るまでカポダストロバーを採用しておりません。※1

現存するメーカーではベヒシュタインのみの設計といえます。

また、チューニングピンの埋め込まれているピン板が、鉄骨(フレーム)からむき出しになっており、ほとんどのピアノのように、ピンの数だけ鉄骨に穴が開けられていて、その下にピン板があるというのとは異なります。※2

これはベヒシュタインだけで、鉄骨の厚み分だけピンに弦が巻きついている部分を、ピン板に埋まっている部分つまりピンの根元にそれだけ近くできますので、チューニングのふらつきが少なくなり、それだけで音程の持続すなわち調律の持ちが良くなります。また、この安定度のよさ、そして調律ピンの微妙な角度までよく見えるという事が、調律による音色の作り方を多様にし、扱うピアノ技術者にとって、調律という面だけにおいても、ピアニストの演奏に参画する度合いずっと多くなります。秀れた調律師に、調律する際の「味」の感覚を尋ねてみて下さい。

なお、フルコンサートモデルでは、弦を一本一本張ったり、その他の細かい点でも先のコンセプトに基づいて製作されているのです。

 

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次は22,《音の立ち上がり》をお届けいたします。

 

向井

 

※1 現行モデルはカポダストロバーを採用

※2 現行モデルは鉄骨の下にピン板が設置されています。

注:この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。