【連載】ベヒシュタイン物語 第3楽章 ベヒシュタインはこうして作られる

22,《音の立ち上がり》

このように、細部にわたる、常に理想を追求した、決して手間を惜しまない、音づくりに対する姿勢が、ベヒシュタインの音を支 えているといえるでしょう。その結果として、ベヒシュタインから出てくる音は、一つ一つが濁りのない純粋な音で、それぞれの音がしっかりと独立して響いて います。また、その響きは、ほとんどが響板とフレーム(フォルティッシモの時)のみで作られるため、音の立ち上がりが非常に早く、また、音色の変化も大き くなります。音の立ち上がりが早いと言うことは、当然のことながら、遠くまで音がいち早く到達出来る、ということであり、音の立ち上がりの遅い楽器を使っ た場合、たとえば、残響の長いコンサートホールでは、余韻の中に真の音色が隠されてしまい、当然、弾いている本人にも、自分の出している本当の音が、どれ なのか分からなくなり、表現に戸惑ってしまうということもあります。

その点、ベヒシュタインで、音作りをしていれば万全で、どんなに残響の長いホールで演奏したとしても、その音の立ち上がりを捕らえることで、自分の表現したい音色とタッチによろ音のタイミングを、しっかりと見つけだすことが出来るでしょう。
これを、わかりやすく図示してみましょう。専門的になりますから、興味のない方は、次に進んで下さい。

 

 

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図4は、人間の耳に聴こえる最大音量と時間の関係を感覚的にあらわしたものです。もちろん、ピアノの置かれてある場所に左右されますが、普通の状態である とすると、ベヒシュタインの聞こえ方はA、B、C のうちどれでしょう。もちろんBです。音量の最大点a、b、c がそれぞれテクニックの関係で0.1秒遅れ た場合a’、b’、c’ を考えて下さい。bではそれが明らかに分かりますが、a、cでは、分かりにくくなります。逆にテクニックがあり、この瞬間に音を 出したいのだという場合を想像して下さい。最も正確に反応してくれるピアノは、間違いなくBです。それだけ難しいけれど、やさしいピアノであるといえま す。

 

 

次は23,《高貴な音》をお届けいたします。

 

向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。