【連載】ベヒシュタイン物語 第3楽章 ベヒシュタインはこうして作られる

23,《高貴な音》

 

もうひとつ、ベヒシュタインは高貴な香のするピアノとして、創業間もないころから各国の王室に納入されました。
「高貴な音」を感覚的に表しますと図5のようになります。

 

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この卵形のホヮーンとした何かが高貴なのです。これは、良い材料と響板とフレーム等からもたらされる、人 を陶酔させる余韻とでもいいましょうか。実はこれもベヒシュタインでは、意図的に出すように設計しているのです。つまり、夾雑音ではなく、響板のみが倍 音・和音をつくりだし、ホヮーンという余韻が残るのです。
これをピアノ史家協会の該博な知識の持ち主である田中英資氏は、金木犀の香りと名付けています。この美人とすれ違いざまに感じるほのかな香水(田中氏に対抗した筆者の感じ)の秘密は何なのでしょうか。
答は「森の木霊」(第5楽章の「ドイツになぜ、音楽の大家が生まれたか」を参照)が生きているのです。つまり人間の耳は1秒間の振動数が20~30回以下 の音と、2万回以上の音や大きな音と同時に鳴っている陰にかくれた小さな音は感知出来ません。しかしベヒシュタインの響板の振動が残っていたり、減衰はす るものの長い間倍音が残っていたりすると、耳に明確な音として感知できないまでも、何か雰囲気が残るもので、これがベヒシュタイン・トーンを醸し出す一つ の秘密でもあります。
この香りを感じ取っていただいた方(田中氏や購入されたピアニストの方、調律によってこれをコントロールできる方等)の感 覚はさすがだと思うのですが、簡単に試す方法として、あなたの耳で聴こえなくなった時点で響板がまだ振動しているかどうか、目か耳で確かめてみればよいの です。

 

続く

 

次回は24,《材料・製作過程》

をお送りします。

 

向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。