24,《材料・製作過程》
24-12〈弦設計 MENSUR〉
ピアノの響きを決める要素はたくさんありますが、弦の長さの相互関係と物理学的な計算による、一つ一つの音ではなく総合的な響きも非常に重要です。専門家はこのことを弦設計といいますが、ここにもベヒシュタインの特出した響きの秘密が隠されています。
技術者の方は当然、弦長・弦の太さ・張力・密度による音程の関係をご存知でしょう。一般の方には難しいとは思いますが、簡単にご説明致しますと、
1,短い弦は高い音になる
2,長い弦は低い音になる
3,張力が高いと高い音になる
4,弦の密度が大きい(重い弦)と低い音になる
この基本法則に基いて弦設計は行われるのですが、実際の弦設計を行う際はこの計算のとおりには決していかないもので、どちらかと言うと経験的なノウハウが用いられるのです。計算上の値で楽器を作ってみると、例えば張力がバラバラになって理論から大きくはずれてしまいます。この理由には、ある長さを張った弦の振動する部分はほんの僅か短くなってしまうことや、弦は少しずつ伸びていくものですから、その密度・断面が変化していく、さらには張弦の際のねじれ、その他さまざまなことが関与してきます。
さらに、ハンマーとの響板のマッチングから鉄骨・駒といったものまで絡んできて、その結果生まれるのが良い楽器、良く響く楽器、つまりは良い製作者による楽器ということになるのです。
24-13〈鍵盤 TASTEN〉
ピアニストが演奏の際に、唯一触れる部分が鍵盤です。そしてこの鍵盤の上にアクションがのせられています。
ベヒシュタインでは鍵盤にも「フィヒテ」材を使用していて、もちろんアクションをのせる前に一本一本のキーの位置関係、上下運動、左右のほんの僅かな遊びが十分に確かめられます。そしてアクションをのせた上で、すべての鍵盤一本一本について、アクションそれ自体の重さと運動の抵抗を含めた総合的な重さに対して、静止状態と運動状態を均一にするための鉛が、木製の鍵盤の側面に穴を開けられて埋め込まれます。
鍵盤の表面にはアクリルが貼ってあります。もちろん特別に象牙と黒檀にすることも出来ます。ただし現在、象牙鍵盤の新品のピアノの輸出入はできないため、象牙鍵盤は日本国内において貼られることになります。
鍵盤ブッシングには、耐久性が高く、初期の感触が長期間にわたって続く革製をモデルによって採用しています。
24-14〈アクション MECHANIK〉
アクションとは、鍵盤の動きをハンマーに伝える役割をするものです。ピアノの中で、最も敏感に作られているところで、ピアニストの意志にいかなる場合でも、忠実に従わなければなりません。歴史的にには様々な機構のものが考案され、使用され、そして廃れていきました。現在のグランドピアノには、5000以上にもおよぶ驚くべき数の部品が使われております。
ベヒシュタインのアクションは、すべての部品が厳選された十分な強度を持った無垢の堅木からなっております。アクション各部に用いられているフェルトやクロスおよびスキンは、それぞれの場所に適合する高い水準を持っていて、100パーセント純毛または動物の(鹿)の皮からなっています。アクションの動作の要となるセンターピンは、真鍮にニッケルめっきしたもので、さらにピンブッシングには細かに織られた専用のクロスが使われています。
これらはレンナー社のものですが、多くのメーカーがレンナー社から、組みつけのほぼ完了した半完成品として仕入れるか、または部品として仕入れた後そのまま取り付けているのに対し、ベヒシュタインではどんなに小さなアクション部品でも、形・位置・運動が厳密にチェックされ、センターピンは固さを調整されます。その上で少しでも精度の悪いもの、品質に妥協出来ないものはすべて返却されます。ことにハンマーシャンクは、音色とタッチに多大な影響を与えます。ハンマーは音域によって大きさ・重さが違いますから、当然強打時のハンマーシャンクのしなり具合、又それぞれの音域に見合った理想的なハンマーの接弦時間も異なります。そのため音域によって材質と太さを変えております。そして、クラヴィア・バウ・マイスターの手により、一本一本特に念入りに叩いた音を聞きながら使用していきます。
こうした定評のある設計とすみずみまでの徹底した品質検査により、ベヒシュタインのピアノとしての最高の機能そして長い耐久年数が維持できるのです。(99項図3参照)
つづく
次回は24-15〈ハンマー HAEMMER〉
をお送りします。
向井
注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。