【連載】ベヒシュタイン物語 第二楽章 ベヒシュタイン社クロニクル

17.《1945年の復活》
第二次世界大戦後、頻繁な空襲で焼け尽くされ、廃墟と化した「ライヒェンベルガー通り」の一室から、新しいベヒシュタインは始まりましたが、状況は決して容易ではありませんでした。一番の問題は、材料である木材の決定的な不足、それに生産設備でした。ピアノを再び製作するためには、まず最初に、一緒に働いてくれる、以前の工員を捜さねばなりませんでした。長い間にわたる非常に激しい戦闘の行われたベルリンからは、みんな方々に四散していました。そんな中での生産がどのようなものであるかは、お分かりいただけるでしょう。
まして、この復活の時代には、思いもかけないこと、予期せぬことがたくさん起こります。それでも、40年代の終わりには、このような状況下でも、生産の 再開に漕ぎつけました。最初は、古いベヒシュタインの修理や修復作業が主でした。そのうちに、50年代にはいると、注意深く調査した結果、戦前とは全く違った面から、市場へ刷新したアップライトやグランドを徐々に供給し始めました。
ベヒシュタイン社では、当時の海外製品中心であった市場に向けて、伝統をかたくなに守ったピアノを出していきました。販売員が見つけてきた販売が見込ま れる顧客の多くは、自分たち自身で所有する楽器としては、大量生産で低価格のピアノやピアネットと呼ばれる小型ピアノにとても関心があったのです。特に小 さな街では、「毎日が音楽」といったように、ピアノのまわりでフルートやヴァイオリンやチェロとのデュエットなど、友人達が集まって家庭で気軽に音楽を楽 しむホームコンサートが盛んでした。あちこちに音楽学校ができ、ピアノのコースを含め、音楽教育も広まって行きました。
ベヒシュタイン社でも、このアップライト(ピアニーノ)の増産要求に対応しなければなりませんでした。しかし、あくまで競合会社とは一線を引いて、ピアニーノでも、音が別物になってしまうような小型化を決してしませんでした。すべてのベヒシュタインのアップライトは七1/4オクターブです。そしてその音 も高さも奥行きも、幾多のピアニーノの中では飛び抜けていました。これは、現在の窮屈な公共住宅に住むことを余儀なくされているピアノ愛好家の間さえも、 ベヒシュタインのアップライトが、陰影のある豊かな音として定評のある由縁なのです。
それぞれのベヒシュタインの「音」は、皆同じではありません。大量生産ではありませんし、ラインを作っての生産でもありません、つまり「ラインの音」で はもちろんないということです。楽器はすべて手作りであるべきである、そして、何ヶ月もかけてじっくりテストすべきである、というという古くからの伝統を 守っているのです。
こうした50年代、60年代の生産の徐々の拡大と平行して、当然のことながら、ベヒシュタイン社では、代理店を世界規模で展開していきました。ロンド ン、パリをはじめとしたヨーロッパ諸国には、修理部門まで兼ね備えたベヒシュタイン社の代理店が、現在でも活動しています。例えばイスラエルのように、新 しく開拓した市場には、オーストラリア、アフリカ、南アメリカ、カナダ、日本を含めたアジア、それにロシアがあり、これらの国々に、ベヒシュタインは定期 的に供給されていきました。
一例をあげますと、5台の白いベヒシュタインのグランドが、遠く海の向こうのモンゴル共和国のウラン・バートルに、建国50年の記念として送られています。
60年代になると既に楽器は、全く違う方法で製作されはじめ、均一化してしまい、次元の違った音になってしまっていました。かたくなにクラフトマン シップを守り、長い間の伝統の上に、高レベルの作業をするというやりがいのある仕事は、転機にさしかかっていました。「高品質のベヒシュタイン」というコ ンセプトは、この時代にもなお、至上の洗練された音として、その伝統とともに生きており、確固たる職人気質は規格品を作ることを拒否し続けけていました。
1962年にはベヒシュタイン社は、アメリカ市場にかつてなく強力に進出するために、ボールドウィン・グループの一員となっています。
1969年には、ハイデルベルクのすぐそばの小さな町、エシェルブローンに、第二工場を開いています。ここでは、市場からどんどん要求のあるベヒシュタ イン・アップライトを製作していました。数年後には、経済全般の発達に刺激されて、この新たな工場をもってしても、生産が追いつかなくなり、1979年に は、さらに全体の規模を拡張することの必要に迫られています。

 

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ベヒシュタイン・ピアニーノ(アップライト) 人気のモデル12n  ※現在は生産終了の為、中古のみ。

 

つづく
次回は18.《守りつづけた音のコンセプト》
をお送りします。

 

向井
注:この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しております。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますようお願い申し上げます。