【連載】ベヒシュタイン物語 第二楽章 ベヒシュタイン社クロニクル

18.《守りつづけた音のコンセプト》

もちろん、当時、多くのメーカーがやっていたような、音に対するコンセプトをがらりと変え るといったことに異を唱え、アップライトもグランドも、基本設計、音に対する考え方は、19世紀中ごろから本質的なところは変えませんでした。これは、現 在でもなお守り続けられています。
第二次世界大戦後、40年代から50年代にかけての聴衆の趣向の変化にともない、ヨーロッパの伝統的な音は、 著しく変化していきました。オーケストラは、正確な音楽、固く歯切れがよく、さらに鋭く分解能の高い音を競い、それのみならず、さまざまな音のもつれの中 からはっきりとそれぞれの音を主張することを念頭においていました。50年代のこの音に対する葛藤から、楽器はその性格を変えていき、また、コンサートで の標準ピッチも、ロンドンでの会議で438ヘルツから440ヘルツへと上昇しました。前衛作曲家のあいだでは、12音主義、音列(セリー)技法、無調音楽 といったことがもてはやされ、さらに、特別なそして理想的な音が求められていました。例えば、アントン・フォン・ヴェーベルン(1883~1945)の作 曲した作品27のピアノのための変奏曲などは、対称にレイアウトされ、彼のミクロとマクロの構造は、とても注目されていました。彼の弟子の言葉によれば、 ヴェーベルンは、自分のピアノ曲には、ロマンティックで、さらにダイナミックなニュアンスを出すことよりも、機械的に正確で色合いのなく乾いた、禁欲的な サウンドを求めていたようで、自分の無知を嘆き、音楽でさえも馬鹿げていると言っていたようです。事実、時代は輝かしいそして正確ではっきりした、幾分不 可解な音を要求していたのです。その頃のピアノは、ほとんどがニュートラルな、きらびやかなクリスタルのような音の傾向にありました。それでもこのような 流行はまもなくすたれてしまいます。これを証明するかのように、コンサートグランドのような音を要求していても、今日では特に陰影を誇る音、より多くの ニュアンスを再現できるサウンドパターンが好まれております。
ベヒシュタイン社では、コンサートグランド以外は考えられないような、大きなホー ルでの演奏会を、既に何千回とサポートしてきています。しかし、ピアノを演奏する上でのより高度のテクニックの要求は今世紀にはいり多くのピアニストか ら、さらなる上を披露するための切望となってあらわれております。さらに歴史的な作品、つまり古いものは、当時の考え方で当時の音でという趣向もありま す。室内楽の場で、古いピアノを復元したもので弾くということはひとつの解決法でしょう。確かにこの古楽器趣向は、古い作品を弾くためのベヒシュタインの 音作りに非常な影響を与えていまさ。しかし、これは昔の楽器と全く同じものを作るという事とは意味が全然違います。大切なのは当時の思想をとりいれ、それ を現代に広めるということなのです。
私たちは、ルネッサンスで復興した、中世の音楽の時代に生き、さらに当時の楽器へ作曲家が求めたものを既に 知っているのです。ロマン派のヴィルトーゾにとって確実な基盤となっている、フランツ・シューベルト(1797~1828)のピアノ作品やドラマチックだ 熱情的なルードヴィッヒ・ファン・ベートーベン(1770~1827)のタッチをすでに解釈しており、そしてシューベルトのより深い、密度の濃い、リッチ な音の楽曲を現代のグランドピアノで再現できるのです。そして何よりも、クリスタルのような透明な音、確実に進歩したアクションを持ったピアノの新たな一 面を発見することができるのです。今日、現代のコンサートホールに欠くことのできない、力強いヴォリュームを出すグランドピアノ、典型的なロマンティック な音の表現、例えば、カール・フィリップ・エマニュエル・バッハ(1714~1788)の「対位法」に代表されるような表現を可能にするピアノは、どのよ うに設計するのかというようなことが研究されています。残念ながら、まだこのようなことに対する、画期的なものはありません。
ベヒシュタイン社では、創業以来あまり強烈な個性を避け、総合的に考えた楽器作りをしてきました。高域や低域を極端に強調せず、あらゆる音域すべて、それらしく表現するために非常に注意を払ってきました。
この音に対する基本的な考えは、70年代半ばに新設計された、新しいベヒシュタインのコンサートグランドにももちろん受け継がれています。長い間ずっと守 り続けてきた伝統のベヒシュタインの音のコンセプトを、今の時代にも持ち続け、新たな巨大コンサートホールの主役として、その華麗さを誇っています。

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ベヒシュタインコンサートグランド モデルEN (※旧モデル 現在はモデルD282)
つづく
次回は19.《創業125周年記念》

をお送りします。

向井
注:この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しております。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますようお願い申し上げます。