【連載】ベヒシュタイン物語 第二楽章 ベヒシュタイン社クロニクル

16.《新しいモデルの開発》
同じ記録の中に、最新のピアノ製作における、画期的な一面をあらわした二つの文章があります。それは、1925年5月18日の日付があり、いわゆるリリプット・グランドと呼ばれる新しいグランドピアノについてのものです。
「『リリプット』と呼ばれるグランドピアノの最初の2台(だいたいは、2台の楽器が同時に作られます)がまもなく完成します。設計・製作は、創業者の息子 カール・ベヒシュタイン二世で、この楽器はとても精度の高い『完全総鉄骨』を採用しております。完成の知らせは、現在、バード・メーゲンハイムで療養中の 二世に、すでに祝電で打ってあります。『このモデルは、1926年から、リリプット・ベヒシュタイン(七1/4オクターブ、長さ1.65メートル、幅 1.4メートル)として新たにベヒシュタインの仲間入りをいたします。世界中での好評を確信しております』」と。
その年の夏、生産の始まった、さらに新しいベヒシュタインが販売されています。
それは、フライブルグのM・ヴェルテ&ゼーネ社による、自動演奏装置の組み込まれた、モデル七型の小さなピアノでした。そして2年後に、ベヒシュ タイン社は、ハンガリーのピアニストであり作曲家のエマニュエル・モーア(1863~1913)の特許になる、ベヒシュタイン・モーアというグランドピア ノを製作しています。当時の設計図によりますと、そのベヒシュタインは、ちょうどチェンバロのように、1オクターブ高い2つ目の鍵盤が装備されており、そ れは、ちょうど下の鍵盤と連結されていました。発案者の目的は、このピアノにより、難しいオクターブこパッセージを、容易にそれも力強く完璧に演奏でき る、とあります。
1931年には、物理学者・ネアンストとドリーシャーが基本特許を持つ、すばらしい「ネオ・ベヒシュタイン」と呼ばれる実験的楽器を、ジーメンス社と協 力して製作しています。特別製のマイクロ・ハンマーを、電磁誘導を利用したシステムで駆動、さらに音質を自在に変更できるアンプ、フィルター、アッテネー ターを通して最終的に、スピーカーで聴くようになっています。これは、ベヒシュタイン社が、当時の電子音楽に興味を持ち、その意見をとりいれて開発したも のです。例えば、トラウトヴァインによる「トラウトニウム」は、そのひとつですが、さまざまなものから電子音楽の作曲のレベル向上に貢献していたのも、ま たベヒシュタインなのです。しかし、この「ネオ・ベヒシュタイン」は、30年代のうちに影をひそめることとなりました。
ベヒシュタインが多方面にわたって活躍していた1926年、エドウィン、カールの二人の主要な株主兄弟のあいだでは、密かな対立が表面化しようとしていました。
きっかけは、動物園の近くに建設予定の新しい工場に関して、それをエドウィンが、費用がかかりすぎる、と反対したことによるようです。実際、このプロジェ クトは実行されたのですが、エドウィンは、これを機に会社を離れることとなり、持っていた株は買い上げられてしまいました。これは、ベヒシュタインにとっ て、あまりに大きな損失でした。そしてこの苦境は、現在一般に世界恐慌と呼ばれる時期から第二次世界大戦の終了まで続くこととなります。ベヒシュタイン社 は、それまで代々一族で経営してきたのですが、後に企業投資家の手に渡るようになるのです。1934年、エドウィンもカールも、既にこの世になく、会社経 営は、完全に世代交代しており、ヘレーネ・ベヒシュタインが、多数の株を所有していました。ベヒシュタイン社は、資金調達のため、「ヨハネス通り」から「プロシャ通り」へその本拠をうつすことになります。ピアノ工場の一室には、会計事務所が来ていまし た。このような状況は、むしろベヒシュタインにとって好ましいことで、文化の動きにつぶさに
つぶさに注目することができ、それが多くの点で、その後のベヒシュタインを支えることとなります。

 

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現在のLilliputグランドの現行マイスターピース モデルL-167

 

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ネオ・ベヒシュタイン

 

つづく
次回は17.《1945年の復活》
をお送りします。

 

向井
注:この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しております。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますようお願い申し上げます。