変化

2013年10月6日(日)

一昨日帰ったら一ヶ月程前に注文していたアンドレアス・シフの新しく発売されたCDが届いていた
BeethovenのDiabelli-Variationenの二枚組だ
一枚目の一曲目には最後のソナタOP.111も入っている。

Schiff Diabelli-Variationen L.V.Beethoven (2013)

音楽の呼吸を感じる響きの緩急が全体的に押さえられた音量(録音をスピーカーから聴くのでハンマーが弦を打つ時の音色からそう感じる)の中で感じられるし、ピアニッシッシモからピアノへ向かう迄の色彩感の変化、透明な響きの中に描かれる立体感。

なぜ、彼は1921年製のC. Bechsteinをベートーベンの録音にチョイスしたのか。
この録音を聴いた人はその意味する事がすぐ理解できると思う。さすが、シフだ。
このピアノは、Backhausも使用したピアノである事がライナーノーツに書かれていた。
テレビ、コンサートホール、CDから聞こえてくるピアノの響きが、こう一緒になってしまっていると残念でならないと感じている中にあって、このシフのCDは嬉しい。
ピアノの音はピアノの音であるが、響きの絵が明らかに違うし、Backhausの活躍した時代にコンサートホールで皆が感動していたピアノの響きがこうであったんだろうと思うと、昔の人の趣味の良さを認めざる得ない。
このCDは2枚組みになっていて2枚目はFranz BrodmannのHammerklavierが演奏楽器に選ばれ、同じディアベリを演奏している。
BrodmannはBoesendorferの師匠であり、その工房をBeosendorderがそのまま引継いだ事で知られるピアノ製造の歴史上重要な人物の一人だ。時代的にもBeethovenと整合している。
1枚目を聴いた直後に2枚目を聴くと430Hzの低いピッチに一瞬違和感を覚えるが、しばらく聴くと音楽との響きが自然に融合する世界に心が誘われる。

本人もライナーノーツに書いているが、当時のフォルテピアノ(Hammerklavier)は、低音中音高音のレジスターが同じ音色でなく、それぞれ特徴のあるレジスターとして存在していて、それをBeethovenが意識している事が演奏を通じても自然に理解できる。スピーカーから離れ演奏を聞いていると、ピアノの響きが複数の楽器で演奏される室内楽のようにさえ聴こえるのが不思議だ。

親しくしている住友郁治さんも最近東京文化会館のリサイタルを収録したCDを出された。こちらは全身のエネルギーを放出させる力強いベートーベンだが、あたらしいベヒシュタインでの演奏は新たな表現の可能性を示唆してくれているように感じた。

少し前にレコード芸術で特選になった近藤嘉宏さんのベートーベンも、同じ現代のベヒシュタインで常とは違う響きの世界観を見せてくれている。

世界的な傾向として、表現の新たな可能性を古典やロマンの音楽に求めようとしている事は嬉しい。僕は又新たな感動を覚える事ができ、音楽が楽しくなる。

静かに物を考え、既存する物象に疑問を呈する事は、音楽だけでなく世界全体に複数の小さな流れとして現れてきているように、ここのところ感じている。

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