【連載】ベヒシュタイン物語 第4楽章 日本におけるベヒシュタイン

 

34,《日本楽器が作った宣伝パンフ》

 

 

〈ピアノの御選定につきまして〉

わが国では輸入品でさえあれば、何でも品質の優秀を意味するものと誤解されております。それは「上等舶来」という言葉があるのでもよく分かります。中でもピアノは、現在二〇〇(当時、そのように多数あったとは信じられない――筆者註)に近い品種が輸入されております。したがって競争も激しいので、販売者はこの「上等舶来」の心理を利用して巧みな宣伝をしますから、自然、需要家の方々も聡明な御判断に曇を生じて、玉石を混淆される事も、他の商品よりもはなはだしいのでございます。

その結果、御選定を誤ったがために後悔しておられる方々が、少なからずございますので、左に弊社が責任をもって御推薦申上げまするベヒシュタイン・ピアノが如何なるものであるかということを申上げまして、比較御研究の資に供したいと存じます。幸いにも御高覧の栄を得ますれば望外の至りでございます。

 

〈弊社が選定しました次第〉

弊社はわが国最古の楽器商として、多年欧米著名のピアノはことごとく取り扱って参りましたので、品質の優劣の如きは知り尽くしておりましたが、いよいよ弊社が皆様に御推薦申上げる品を選定する事になりますと、責任上あくまで周到な調査を遂げまして、万が一にも遺漏のないことを期さなければなりませんので、去る大正一〇年一月の、弊社のピアノ製造開始以来二〇余年間これに従事致しまして、ピアノの構造に精通しました熟練技術者二名と、多年販売上に経験を積みました社員二名を派遣致しまして、欧米著名の工場をことごとく歴訪して、各製作所についてその規模、設備、製法、原料等はもとより、販路、信用、経営等に関する事までも巨細に比較研究致させました。

その結果は予期のごとく、全然比較の圏外に立って、絶対に他の追随を許さぬ、名実共に世界最善のピアノは、正しくベヒシュタインであることが分かりましたので、ただちに一手に販売の交渉を開始致しましたところが、既に弊社のわが国業界における地位を知り尽くしておったベヒシュタイン工場は、この弊社の商品選択の態度が、全く同工場の大精神に合致するというので、大いに共鳴致しまして、むしろ工場の方から進んで希望するというような訳で、たちまち契約が成立致しました次第で、弊社の密かに誇りとしてかつ我楽界のために禁じ得ない喜びでございます。

しかるに一方、現在盛んに輸入されている他のピアノはと申しますと、その種類のみでも前に申し上げましたように二〇〇種の多きに達しておりながら、その中に技師を工場に派遣して品質を研究させたもの等はただの一種もなく、はなはだしいのは輸入業者自身が全然品質の鑑別力のないというなさけないありさまでございます。それで、どうして右のように巨額の輸入を見るに至ったかと申しますと、その原因は全くこの当方の君子国が伴天連がギヤマンを持ち込んで以来、舶来品に対してあまりに寛容の徳を、示し過ぎていることにあるのでございます。

勢い輸入業者は、これに乗じて、品質の如きは全然閑却しまして、ひたすら安物を漁ることになりました。そしてもっぱら値段の安いこと、法外な定価を付けて、気味の悪い程割引をするので、善良な客を釣ることに成功しているのです。

 

つづく

 

次回は34,《日本楽器が作った宣伝パンフ》

〈創業者カール・ベヒシュタイン氏〉

〈ドイツピアノの製造業の父〉

をお送りします。

 

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向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。