【連載】ベヒシュタイン物語 第4楽章 日本におけるベヒシュタイン

 

34,《日本楽器が作った宣伝パンフ》

 

〈大音楽家との関係〉

ベヒシュタイン氏は稀代の天才であったばかりでなく又偉大なる人格者でもありました。部下を遇するに厚く常に彼らは氏を慈父の如くに敬慕し、多くの楽人の成業を援けて氏を恩人として尊敬し、悲境にある同業を再起せしめたもの多く、業界多くの名流が、単に氏の製品の愛用者のみでなく、真に心からの親友として交際致しました。ヴァグナー、リスト、ビューロー、ルービンシュタイン、ドウライショク、ヘンゼル等と最も親交がありましたが、就中ヴァグナーとビューローはしげしげ氏の家を訪れて、その歓待を受け歓談を交えることを楽しみとして居りました。このように多くの大家が親しい友人として常に工場に出入りしまして、心からその親友の製品の向上を願って、絶えずかかる名手でなければ思いも付かぬ、何物にも代えがたい貴重な多くの忠言をあたえ批判を加えました。その大家の理想は氏の天才を通じて忽ち製品の上に具体化されて参りました。ここに大家が理想のピアノとして競って愛用した理由があるので御座います。ビューロー氏は氏の事業に最も力を入れた一人でありました。コンサート・グランドの製造をリストと共に慫慂して、誰一人試み得なかった当時において、敢然自ら進んでその独奏会に氏の製品を以てリストのロ短調ソナタを弾いて、ドイツの演奏壇上にドイツ製ピアノ使用の端を開き、遂に氏の最初のグランドを見た時「将来ドイツの演奏壇は、ドイツ製ピアノによって占められるであろう」と言わしめています。リストが二八年間酷使してさえ更に異状を認めなかったピアノであります。

ベヒシュタイン氏は、ピアノ製造を始めてから病没するまでの四六年間、自身の製品で、修理をして更新し得ないものは見た例がない、と言うことを誇りとしておりましたが、最近に、驚くべきピアノ耐久力の新レコードが作られた事実があります。それは、本年三月一五日のロンドン・モーニング・ポスト紙にも掲載されております。ドイツの音楽会での事でありまして、聴衆はその時使用されたピアノが何であるかは知りませんでしたが、とにかく、それが今日ドイツで作られている最良の名器に相違ないということを疑うものは一人もいませんでした。所が閉会後、そのピアノが五〇余年前、ベヒシュタインが製造してヴァグナーがパルジファル作曲に使用した由緒付きのものである、ということが分かって、今更に、その耐久力の偉大なのに驚かぬ人はありませんでした。

この耐久力こそは、世界に冠絶せる優秀な技術、精選せる原料、完備せる施設による完璧の製品が、さらにその品質によって、「あらゆる文明国において音楽を語るものにしてその名を知らざるもの無し」と言われるまでに、世界にひろく行きわって、多年あらゆる気候風土の試練を受けて、その如何なる激変に対しても耐え得るように、研究を積み改善を加えた結果でございます。(中略)

 

〈伝統的大精神〉

始祖ベヒシュタイン氏が、ピアノ製造を思い立った当時のピアノというものは、ハンス・フォン・ビューロー、リストのごとき名手が輩出して、ピアノの音楽が既に爛熟期に達せんとしておりましたのに比べて、実に隔世の感があるほどに遅れておりまして、到底これらの名手の大芸術を忠実に伝え得られるものではありませんでした。そこで氏はこの不完全なピアノを改善して、如何なる大家も信頼して使用しうる、完全な芸術的ピアノを製造しようとしたのが創業の端緒でございまして、遂にその目的を達成して、その界右に出るものなきに至ったのであります。この「時代の芸術に最も忠実な奉仕者を作る」ということが、すなわちベヒシュタイン家伝来の大精神なのでございまして、したがってベヒシュタイン氏の後は、この大天才の血を受けて、天分豊かなる上に更にその至らざるなき訓育とあいまって、父にも劣らぬ技能の所有者である三人の兄弟によって継承されまして、今日第三代カール・ベヒシュタインも共に、責任者の地位について、始祖の精神を遵奉して、永久に斯界の王位を維持せんことに精進努力しております。

かの欧州大戦中(第一次世界大戦 一九一四~一八)、わずかに一部熟練工の従軍のためと、容易に代用品を得られる一部分の原料の欠乏したためのみで、一時全然製造を休止致しましたのは、ベヒシュタイン工場がその製品の声価を維持するためには、営利を度外に置くことの証左でありまして、また、その伝統的大精神の発露にほかならぬのであります。

またこの理想の実現を期するためには、各部門にわたって専門の優秀なる技術者を多数に有することが最も必要であります。この点においてもまたベヒシュタインは、他の追従を許さぬ地位にいるのでございます。かの欧州大戦を経過した今日、なおベヒシュタイン工場には、始祖・天才ベヒシュタイン直伝の妙技をふるって三代につかえ、その道の権威と称せられる技術者が一九九人も働いております。これは一面、工場がいかに技術者を優遇するかを語るもので、したがってベヒシュタイン工場には、このほかにもその技を誇る技術者が雲のごとく集まってきております。またその移動の少ないことにおいてもドイツ第一でございます。

 

つづく

 

次回は34,《日本楽器が作った宣伝パンフ》

〈ドイツにおける使用状況〉

〈現今わが国では〉

〈東京音楽学校の御用〉

をお送りします。

 

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向井

 

注: この内容は1993年発行のベヒシュタイン物語(ユーロピアノ代表取締役 戸塚亮一著)より抜粋しておりま す。なお、この書籍の記載内容は約20年前当時の情報を元に執筆しておりますので、現在の状況・製品仕様と異なる点も多々あります。予めご理解頂けますよ うお願い申し上げます。