採録

2019年9月5日(木)

ドイツバイエルン州のとある場所にピアニスト稲岡千架さんのMozart作品の録音の為、ベヒシュタイン D-282 を本社の協力で入れてもらい、全体スケジュールの折り返し点が昨日過ぎた。今回は私のドイツでの始めての録音になる。

音響特性が素晴らしいと言われるこのホールは、日本のホールのように外の騒音が全て遮断されるわけでなく、工事の重機の騒音や、近くの教会から定期的に鳴り響く鐘の音に、録音を諦めなければならないタイミングも少なくなく、近所が静かになる夕方以降が採録に集中できる時間帯になった。そんな訳で、一昨日はホールを後にしたのは23 時、昨日は明朝の2時になった。

外部との遮音が完全で無いという事は、内部の音も外に出る訳であり、すなわち建物そのものも振動媒体の要素になっていることも原因の一つなのからか、残響時間以上の音響効果がもたらせれているということを、調律中に又、演奏中に幾度となく感じた。

恐らく日本だと、ハンマーヘッドにさらに弾力をもたせた状態にし、打弦の瞬間に起こる破裂音のような成分をもっと抑えるような要求が出るのでは?と思われる、ある意味ギリギリでは?と思われる整音状態だが、ここではそれが全てポジティブに作用した。

ヨーロッパ言語は、発音の瞬間の頭の子音成分が必要不可欠だが、発音の頭の子音のような成分が響きの中に生かせれば、ヨーロッパ言語のようなニュアンスを旋律の中に感じる。打弦時の破裂音とそのあとに尻尾のように伸びる母音のような音のコンビネーションで抑揚の可能性が大きく広がるのだ。

残響がただ長いだけだと響は混濁してしまうし、短いと打弦時の破裂音は耳障りになり、折角のハーモニー感は貧弱になってしまう。そのバランスは本当に難しい思うが、ここではいい塩梅で響が伸びながら打撃音をミックスしてくれる。

そういえば、このホールでのベヒシュタインの響きを聞きながら、合間に外から聞こえてくる教会の鐘の響の、打撃の瞬間のKの子音とA Oの母音が後で膨らんでくる独特な響き方が、共通点として感じられた。

エンジニアの小坂さんと共通の感想を持った部分になるが、このホールは音域感のレイアーが聞き取りやすく、また、倍音も多く聞こえる。それ故、不当分律の調整による響きのコントラストもいつもより明確に感じられ、稲岡さんはアーティキレーションを準備した感じとは大きく変更した箇所が多いと言った。

子音と母音が混合した色彩に、数多くの倍音が重なると、伸びた音が重なりあった時に、一つづつの音と音の間にハーモニーの変化が現れ、響が立体的に大きく膨らむ。

目標としていた曲までの収録が完了した時、響き、それらを更生する音の倍音と抑揚が恵んでくれる音楽の凄さが魂に刷り込まれたようだった。それを反芻しながらの帰り道、ふと皆で空を見上げると天の川がわかる満天の星空があった。

それらに言葉にはならない畏敬の念を覚えた僕は、なかなか眠りにつくことができなかった。