修理を待つ古いピアノが並ぶ工房。そこには、長い年月を経て運ばれてきた楽器たちが、再び息を吹き返す時を待っています。
私たちベヒシュタイン・ジャパンの代表である加藤正人は、長年ピアノの生産や修理に携わってきた技術者でもあります。
一台のアコースティックピアノが持つ寿命は、人間のそれよりもはるかに長く、時に100年以上にも及びます。デジタル全盛の時代に、あえてアコースティックピアノをご家庭に迎える意味とは何なのか。
日々お客様や楽器と向き合う中で、私たちが大切にしている「世代を超えて受け継がれる楽器の魅力」やその価値について、加藤の言葉を通してお伝えします。
ーー加藤社長はもともと実際、ご自身で手を動かして修理されたりとかされてたんですよね。
加藤:
はい、私は技術出身です。ここの工房でも仕事をしておりまして、修理も当然やってましたし、ドイツの工場でピアノの生産にも携わってました。ベヒシュタインに行く前も、ピアノの出荷調整であるとか、お客様の家に行くとかですね。今も行きますけど、私のベースになっているのはピアノの技術ですから。
ーー今もお客様のお家に行って調整したりとかってするんですか?
加藤:
します。たまに行きます。今は忙しくてだいぶ後輩に譲りましたけれども、昔から行っているお客様とか、コンサートなんかでも昔から知っているピアニストから「来てください」ということになるものですから、ちょっとはやってます。
ーーやっぱり訪問して修理をしたり、様子を見たりするというのは楽しいというか、やりがいを感じるものですか?
加藤:
ものすごく感じますね。それはモチベーションになります。
販売や修理をして終わりではなく、実際に弾かれている現場へ赴き、楽器やお客様と対話すること。それこそが、私たちが日々の業務において最も大切にしている姿勢です。
楽器と対話ができるというかね。それがやっぱり楽しいですね。ピアノも変化してきますから、どういうふうに変わっているんだろうなとかですね、お客様がどう感じてるんだろうなということを、自分も体感できるっていうか。それが多分、一番のモチベーションになってます。
ーーじゃあ結構お客様とも会話したりとか。
加藤:
すごく多いです。
ーーどういうふうに使っている、みたいな話をしたりとか。
加藤:
そうですね。それがまた世代が変わったりとかしながら関わっているというところです。
ーーもしパッと思い出せればですけども、お客様とのエピソードとか、言われて嬉しかったこととかはありますか?
加藤:
やっぱり喜んでもらった瞬間ですね。「ああ、良くなりましたね」って一言が一番嬉しいですね。お客様が希望していたことが理解できて、それを調整することによってご満足いただくっていうのが一番嬉しいです。それは一般の家庭もそうですし、レコーディングとかコンサートの調律でも全く同じですね。
ーー逆に言うと、購入された方は「調整をちょっとこういう風にならないかな」みたいなことが思ったら、ご相談が来てということをされるんですか?
加藤:
そうですね。調律師にお客さんも言うべきですね。「こういうふうに思ってます」とか「こうなるといいと思ってます」なんていうのは、言ってみるべきだと思います。
一台の楽器をベストな状態に育て、保つためには、対話と継続的なケアが欠かせません。だからこそ私たちは、購入後から始まるお客様との長いお付き合いを何より重んじています。
ーーじゃあもう関係性は、買って終わりじゃなくてずっと続いていくと。
加藤:
続きますね。だからそういう意味では、僕自身40年以上付き合ってらっしゃるユーザーさんもいらっしゃいますから、付き合いはずっと続きます。調律は弾く頻度によっていろいろなんですけれども、専門的にやってらっしゃるような方だったら1年に1、2回です。あんまり使ってない、趣味でやってらっしゃる方なんかも、楽器が落ち着いちゃえば数年に1回なんていう人もいらっしゃいますけれども、年に1回はおやりになった方が楽器のためには安定しますね。
ーーその楽器のメンテナンスは、ご自身でされるというより、やっぱり専門の方に相談しながらやっていく方がいいんですかね。
加藤:
そうですね。ピアノはなかなか自分でやりきれないんで。器用な人は弦が切れちゃったから自分で張るなんていうお客さんも、私が行っているお客さんでも数人いらっしゃいますけれども、なかなかそういうわけにはいかないので、専門の調律師に頼むのがいいと思います。
工房の奥には、修理を待つ古いフルコンサートピアノが置かれています。こうした年月を経た楽器と向き合うとき、私たちはピアノという存在の特殊性を改めて実感します。
加藤:
このピアノは先ほど修理の話をしましたけれども、100年前のものですから多分3代目というか、もう4代目の人もいるんじゃないかっていうような、そういう年数をピアノは生きてるんですね。ピアノって、人の一生よりも長く生きますから。
こっちのフルコンサートのピアノも100年経ってますので、実際ドビュッシーが生きてた頃の時代のピアノですから、そういう3代目、4代目になるわけですね。ですからそういう長いスパンで考えてもらった時に、ピアノって確かに今、高いんですけれども、長い目で見ればどうでしょう。車と比べてどうなのか。
非常にこれだけの材料を使って、これだけ苦労して楽器を作っているわけですから。使う材木の量にしても、金属の量にしても結構な量が必要ですし、それも厳選された材料が必要ですから。良いピアノを作ろうと思うと、材料としての効率性というのは非常に良くなくなっちゃうわけなんですけれども。でも、その値段を考えた時に、ピアノが使える年数を割り算した時にですね、1年あたりじゃどれくらいなんだと考えてみたいんですけれども。
ピアノも20年くらい前に販売したものを今オーバーホールしているわけなんですけどもね。20年お使いになってまだ全然コンサートで使っていた楽器ですから。ですからそういう意味で言えば、逆にはリーズナブルなものじゃないかと思います。
現代では、電子ピアノという手軽な選択肢も普及しています。それらの利便性も深く理解した上で、私たちはアコースティックピアノならではの特別な役割があると考えています。
加藤:
今の電子ピアノ、デジタルピアノが導入としては非常に安価に購入できるものですから一見お安いわけなんですけれども、電気製品ですからね。やっぱりそんなに長く良い状態で使えるかということじゃないわけですし。満足度ということで言えば、最初の導入という意味ではとても便利なものだと私も思いますし、確かに夜中までヘッドフォンで弾けるということではとても良いと思うんですけれども。代々自分の意思を伝える、芸術を伝えるというメッセンジャーというか、大使の役割という意味でピアノを捉えたときにですね、私は新品のピアノをご家族に1台入れるということは、とても意味のあることじゃないかと思います。
工房に持ち込まれるのは、単に物理的に故障した楽器ではありません。そこには、ご家族の記憶や言葉にできない願いが込められていると私たちは感じています。
加藤:
やっぱりここに修理でやってくるピアノも、先代、先々代の方が購入したものをここに運ばれるってことも結構あるわけですね。修理のご依頼があって行うものっていうのは、たいてい先々代のものですかね。おじいちゃんが使っていたとか、おばあちゃんが使っていたっていうものですね。親が使っていたものだけれども、孫に残したいから直してくれみたいな、そういったご家庭もあったりしますね。
あとは自分の遺志を継ぎたいということで、楽器を残されたいという方もいらっしゃいます。このピアノがたまたまですけどそうでした。自分たちが使っていた遺志を、誰かピアノが好きな人に使ってもらえればという形で、販売してもらえないだろうかということでしたね。これは修理品というんじゃなくて、再販するために修理しているんですけども、持ち主の方はそういうご遺志を持っていました。
先ほど見たフランス製のプレイエルですね、あれはそんなに近年の楽器ではあるんですけど、20年ぐらいですかね。ご高齢になられてサロンの継続がなかなか困難だからということで手放されたんですけども、それはやはりオーナーの方が、誰かピアノの分かってくださる方に使っていただきたいということで、今我々がその販売をしているということになります。ですからそれぞれの思いというものがあって、その思いが次の世代に、違うご家庭に伝わっていくということじゃないかと思います。
ーー今新しく購入されても、もしかしたら3代とか4代とか使われていくことになるかもしれないですね。
加藤:
非常にその可能性は高いですね。私自身、93年から日本のこの会社の前身の会社で仕事してますので、当時販売したピアノがもうそういう時代になってきてます。30何年か経ってますからね。ですからちょうど今、次の時代に移っていくような、そんなお客さんもたくさんいらっしゃいますね。
一台のピアノをお届けすることは、ご家族の歴史の始まりに立ち会うこと。そして修理やメンテナンスを重ねることは、先人たちの音楽への愛情を次の世代へと手渡すことだと私たちは考えています。
手軽さや効率が求められる現代だからこそ、時間をかけて育て、受け継いでいくアコースティックピアノの存在意義を、ベヒシュタイン・ジャパンはこれからも大切に守り伝えてまいります。
ご自宅に、何世代にもわたって家族の記憶を刻む「メッセンジャー」を迎えてみてはいかがでしょうか。
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