トークイベント『大人のピアノ再挑戦がくれるもの。』のレポート最終回です。第1回は稲垣えみ子さんの再挑戦の始まりと米津真浩さんとの出会いを、第2回は「毎日3時間練習しても上手くならない」という大人のピアノのリアルをお届けしました。
最終回のテーマは、ピアノそのものです。稲垣さんはなぜ、W.ホフマンを選んだのか。そして、多くの人が最初に手にする電子ピアノと、本物のアコースティックピアノをどう使い分けるのか。楽器を買おうか迷っている方、電子ピアノで練習を続けている方に、具体的なヒントになる回です。
3台を弾き比べて、一番高い一台を選ばなかった理由
稲垣さんが所有するW.ホフマンは、C.ベヒシュタインが手がけるブランドで、チェコで製造されています。最初にホフマンと出会ったのは、ある楽器店での弾き比べでした。
稲垣: 家庭でも置けるサイズのベビーグランドを、3台弾き比べられますというのを見て、行ってみようと思ったんです。某日本のメーカーとホフマンとベヒシュタイン。
結構勇気がいるんですよ。楽器店に行って試弾しなきゃいけないじゃないですか。だいぶ練習して行きました(笑)。
3台を弾き比べたとき、ベヒシュタインが一番高くて、ホフマンはその次、日本のメーカーが一番お安かった。でも、私はそのホフマンが好きだったんですね。
お店の方は「ベヒシュタイン、全然違いますよ」と、値段も違うしとおっしゃったんですけど、私は値段に関わらずホフマンがすごく好きだと思って。少しくぐもった感じがあって、木の香りがするというか、木を感じるピアノなんです。そういうのを弾いたことがなかったので、これ好きかもと思ったんです。
稲垣さんが「木の音」と表現したホフマンの響きを、指導者の米津さんも同じように感じていました。
米津: ホフマンって、稲垣さんと全く同じ印象で、木の音がするんですよ。ポコポコするというか、ウッディな音がするんです。
今、結構ブームが来ていて、僕の周りのピアニストがみんなホフマンを買い始めているんです。
ピアニストの間で広がる、ホフマン人気
米津さんによれば、この人気は値段だけが理由ではありません。実名を挙げながら、周囲の反応を語りました。
米津: 友達の菊池亮太さんというピアニストも、ホフマンを自宅に買ったんですよ。あと、内門卓也さんというすごく優秀なピアニストも、僕のレッスン室でホフマンを弾いて、すごくいいと言っていました。
内門さんはまだ買っていないけど、次買うなら絶対ホフマンに行くと言っていましたね。割といいピアノを持っている方なんですけど、それでもホフマンを買い足すと。
稲垣: 値段だけじゃないですよね。
米津: 全然値段じゃないですよ。やっぱりホフマンでしか味わえない良さがあるので、ハマった人は本当にハマるピアノだと思いますね。
置き場所がなくても、ピアノと暮らす「ヤドカリ方式」
稲垣さんのピアノとの付き合い方は、購入だけでは終わりません。自宅に置けないという制約を、工夫で乗り越えてきました。グランドピアノは米津さんのレッスン室に。そしてもう一台のアップライトには、こんな経緯がありました。
稲垣: 最初はカフェで練習していたんですけど、熱心に練習しすぎて騒音問題が発生して、演奏禁止になっちゃったんです(笑)。
それでピアノを買わなきゃとなって。ホフマンのアップライトを買ったんですけれど、それも自宅には置けなかったので、ここだけの話、連載していた「月刊ショパン」編集部の社長室に置いていたんですよ。編集部の方がいない早朝か夜に行って、一人で練習していました。
でも編集部が引っ越して置けなくなって。どうしようと思ったら、ちょうど近所の友達がミュージシャンで、「ピアノが欲しいと思ってた」と言われて。「じゃあ私のピアノを置く?その代わり、私がいないとき弾いていいかな」と。今はその子の家にあって、その子がいないときに鍵を開けて入って弾いています。ヤドカリ方式と呼んでいます(笑)。
電子ピアノで練習して、本物が弾けなくなった
ここから話は、多くの学習者に関わるテーマに移ります。稲垣さんは再開当初、電子ピアノを買った経験があります。その結果、思わぬ壁にぶつかりました。
稲垣: 最初は騒音トラブルが怖くて、音を消せる電子ピアノを選んだんです。すごくいいものを中古で安く買えました。
でも、電子ピアノで練習していると、タッチが軽くて録音した音はすごくいいんです。それなのに、先生のところで本物のピアノを弾くと全然弾けなくて。その落差がショックで、さらに弾けなくなるんです。
電子ピアノは今すごく進化していて、本当に素晴らしいんですけど、私みたいに上手くならなきゃいけない段階の人が電子でやると、本物との差が大きくなって、やればやるほど下手になっていく気がして。それで思い切ってアコースティックを買ったんです。
電子ピアノを買ったとき、楽器店の人から言われた言葉が、稲垣さんの考え方を変えました。
稲垣: 本当のピアノは、ちゃんと弾けばいい音が出るし、ちゃんと弾かなければ悪い音が出る。それがいいピアノなんだと言われて、なるほどと思いました。
私はどう弾いてもいい音が出るピアノがいいと思っていたんですけど、そうじゃないんだなって。電子は何を弾いてもいい音が出るので、それを楽しみたい人もいると思うんですけど、私は本当のピアノが欲しくなりましたね。
電子とアコースティックは「目的が違う別物」
ここで注意したいのは、稲垣さんも米津さんも、電子ピアノを否定しているわけではないことです。むしろ米津さん自身が、今は電子ピアノを日常的に使っています。
米津: 今、めっちゃやってますよ。僕のスタジオは24時間完全防音なんですけど、音が大きすぎてクレームが来て、夜12時以降は音出しがほぼできなくなっちゃったんです。
それで中目黒の24時間営業のスタジオに通い始めたんですけど、一時間2500円とかするんですよ。コンサート前に払って請求を見たら、一ヶ月で16万円。もう赤字ですよ(笑)。そこにキーボードのような電子ピアノがあって、それだと800円で、3分の1でいける。今は毎日それで練習しています。
普段はアコースティックのグランドを弾いているから、電子で弾いてもあんまり影響されないんです。差はあるけど、それをわかって練習しているので、それでいいんですよ。
米津さんは、両者の違いを設計思想の面から整理してくれました。
米津: 電子ピアノとアコースティックは、目的が全然違います。アコースティックは、クラシックのコンサートでマイクを使わないので、三千人くらいのホールでも生音で後ろまで届くように設計されている。音が簡単に出てくれる方がありがたい楽器なんです。
一方で電子ピアノは、騒音の問題でボリュームを下げられる。鍵盤のタッチが同じだったとしても、弾いたときの音の出方が全然違ってくる。だから、どんなに進化しても同じベクトルには立たない、全く違うものなんです。それを理解した上で練習するなら、全然ありだと思います。
稲垣: 本当のピアノの感覚が体に入っていれば大丈夫だと思いますけど、その扱いが難しいですね。
米津: 最近はレンタルスタジオが増えているので、電子ピアノしか持っていない方でも、週に一回でも一ヶ月に一回でもいいので、生のピアノをレンタルして弾いてみると、だんだん「ああ、この感じか」とわかってくると思います。そうやってうまく付き合っていくといいかなと思います。
値段の高さでも、スペックの数字でもなく、「木の音が好き」という理由でホフマンを選んだ稲垣さん。置き場所がなくても工夫してピアノと暮らし、電子と本物の違いを体で確かめてきました。楽器選びとは、機能の比較ではなく、自分が何を心地よいと感じるかを知る過程なのだと、お二人の話は教えてくれます。
私たちベヒシュタイン・ジャパンは、C.ベヒシュタインとW.ホフマンを、実際に弾いて選んでいただける場をご用意しています。稲垣さんが感じた「木の音」がどんな響きなのか、ぜひ一度、ご自身の手で確かめに来てください。全3回のレポートにお付き合いいただき、ありがとうございました。
▼稲垣さんが2台所有するW.ホフマンについては、こちらでご紹介しています。
https://www.bechstein.co.jp/bechstein/hoffmann
▼稲垣さん所有モデルはこちらです。
W. HOFFMANN T-161



