演奏と教育は切り離せない——フランス・ノアンでショパンを”発見”したイヴ・アンリ教授【インタビュー第1回】

2026年8月26日(水)

ベヒシュタイン・ジャパンのインタビューシリーズ。今回のゲストは、ピアニストであり、フランスで毎年開催される「ノアン フェスティバル ショパン」のプレジデントを務めるパリ国立高等音楽院イヴ・アンリ教授です。ベヒシュタイン・ジャパンが主催する「ノアン フェスティバル ショパン イン ジャパン ピアノコンクール」の審査員長も務めていただいています。

 『第6回ノアン フェスティバル ショパン イン ジャパン ピアノコンクール』
https://www.bechstein.co.jp/news/6th_nohant_festival_chopin_injapan_competition


今年4月、レッスンやコンサートのため来日したアンリさんに、ベヒシュタイン・セントラム 東京でたっぷりとお話を伺いました。その内容を4回に分けてお届けします。

インタビュアーは、ベヒシュタイン ベルリン本社のセールスマネージャーで、ベヒシュタイン・ジャパンのディレクターの一人でもあるクリストファー・レンツです。

第1回では、演奏と教育を両立する理由、ショパンゆかりの地・ノアンで得た発見、幼少期に出会ったベヒシュタイン、そして演奏家が音色を探究できるピアノについて語っていただきます。

 

演奏と教育は、互いを支え合う

 

レンツ:まず、演奏活動と教育活動の両面について、現在どのような活動をされているのかお聞かせいただけますか。

アンリ:この二つはとても重要で、お互いに補い合うものだと思っています。演奏と教育は別の活動のように思われがちですが、音楽史や演奏の歴史の中で、決して切り離すことができません。

私たちが何かを実際に表現できるのは、先人たちから受け継いだものがあるからです。ですから今度は私がそれを伝える番であり、長年にわたって多くの指導を行っています。

アンリ教授は、ステージでの演奏と教育の間に良いバランスを保つよう努めていると話します。パリ国立高等音楽院では25年近く教え、日本、アメリカ、中国などでも指導を続けています。

ここでの教育は、演奏技術だけを教えることではありません。

アンリ:演奏する上で、作曲家がどのように作品を構築したのかを理解することは極めて重要です。とりわけショパンの作品は、聴いていると即興的に生まれたように感じられます。しかし実際には、その背後には多くの理論や法則があり、それはバッハにも、ショパンにも、ラヴェルにも共通しています。

演奏、指導、そして作品がどのように作られているかを読み解くこと。アンリ教授にとって、この三つは別々の仕事ではなく、互いを支える活動です。

 

ノアンで、ショパンを本当の意味で「発見」した

 

レンツ:ショパンに関する研究について、もう少し詳しくお話しいただけますか。

アンリ:私が真にショパンを発見したときのお話をしましょう。もちろん、ショパンの音楽自体は子どもの頃から知っていました。ピアニストとしての修業時代には、エチュードやソナタなどを演奏する機会もあります。

しかし、私が本当の意味でショパンを「発見」したのは、フランスのノアンで開催されるノアン フェスティバルの芸術監督に就任したときでした。

ノアンはフランス中部の小さな村です。アンリ教授は、ショパンが夏の間を過ごしたジョルジュ・サンドの館で、生涯の作品のおよそ3分の2を書いたと説明します。ショパンは多くの場合、4月に訪れ、10月まで滞在しました。レッスンを離れ、作曲に集中できる時間がそこにありました。

アンリ:フェスティバルの芸術監督になったことで、作品と深く結びついたショパンの生涯だけでなく、当時の楽器、つまり現代のピアノとは異なる当時のピアノについても、突如として深く知ることになったのです。

楽譜を学ぶだけでは見えにくい、作曲された場所、生活の時間、当時の楽器。ノアンでそれらが結びついたことで、アンリ教授はショパンの音楽を捉え直しました。

 

実家のベヒシュタインが教えた、タッチと音色

 

レンツ:初めてベヒシュタインに触れたときのことを覚えていらっしゃいますか。

アンリ:私が初めてベヒシュタインを弾いたのは実家でした。両親はプロの音楽家ではありませんでしたが、大変な音楽愛好家で、一台のピアノを購入したのです。1900年頃に製造されたベヒシュタインでした。

古い楽器だったこと、そして何より「我が家の楽器」だったことが、その一台を特別な存在にしていました。アンリ教授は、そのピアノとともに育つ中で、タッチに対して独特な反応を示す楽器があることを知ります。

アンリ:生み出される音色とタッチの関連性は極めて重要ですが、これはピアノメーカーによってかなり異なります。私は、ベヒシュタインにはタッチに対する高い感受性があることを知りました。

それはショパンだけでなく、ドビュッシーをはじめとするさまざまな作品で音色を探究する可能性を開くものでした。実家のピアノは今も残り、アンリ教授自身も現在、ベヒシュタインを所有しています。

 

美しい音の先に、弾き手の探究が残されている

 

レンツ:長年にわたってベヒシュタインを弾き続けてこられましたが、その魅力はどこにあるのでしょうか。

アンリ:現在のベヒシュタインで私が特に高く評価しているのは、音色を自在に変化させられることです。もちろん、ベヒシュタインはもともと美しい響きを持っています。弾き手は、すぐに心地よい音だと感じるでしょう。

しかし演奏家にとっては、それだけでは十分ではありません。その音を変化させ、何か特別な響きを探究する必要があります。ベヒシュタインは、その点において非常に優れていると思います。

アンリ教授が求めているのは、最初から美しい音が鳴るだけの楽器ではありません。弾き手のタッチに応え、その先に別の音色を探せる楽器です。

この考えを説明するために、アンリ教授はショパンの時代のプレイエルとエラールに触れました。ショパンは、自分自身の音色を見つける余地がある楽器を重視した、とアンリ教授は説明します。

アンリ:ピアノは自然に美しく響かなければなりません。しかし同時に、その先の無限の可能性の追求を許してくれるものでなければならないのです。最初の一音で魅了しながらも、常に新しい展望を残してくれる。

そうすることで、演奏家は型にはまることなく、自由に想像し、より情熱的に探究し続けることができます。

 

一台の現代ピアノで、異なる時代と文化を弾き分ける

 

アンリ教授は、ピリオド楽器を使った演奏活動にも取り組んでいます。ウィーン形式のピアノとフランス製のピアノでは、響かせ方が異なり、音楽そのものの姿も変わると話します。

アンリ:それぞれの文化には、ピアノを響かせるための独自の流儀があります。現代の私たちは、たった一台の楽器で、そうしたすべての世界を表現できなければなりません。

シューマン、ラヴェル、ショパン、ブラームス。それぞれの作品には異なるアプローチが必要です。本来なら作曲家ごとに異なるピアノが必要だと言いたい。しかし現実には、一台の楽器で応えなければなりません。だからこそ、演奏家の要求に応えられる柔軟さが必要になります。

アンリ教授は、ここ15年ほどのベヒシュタインについて、ブランドの個性を守りながら、アクションがより繊細になり、表現の可能性が増していると評価します。

アンリ:「これで満足」ということは決してなく、完成というゴールもなく、常にその先を目指せるという精神です。何度も演奏する中で、少しずつ新しい見方が生まれ、理解や表現も深まっていきます。ベヒシュタインにも、まさに同じ精神が息づいていると思います。

良いものを守りながら、繊細な部分でさらに一歩先を目指す。その姿勢を、アンリ教授はノアン フェスティバルに置かれたベヒシュタインでも実感してきました。

 

演奏家が楽器を変え、楽器が演奏家を動かす

 

フェスティバルに出演するピアニストが、ベヒシュタインをどう感じるか。アンリ教授はいつも注意深く見ているといいます。

イーヴォ・ポゴレリッチは演奏後、「素晴らしい。これがルネサンスだ」と話しました。アルカディ・ヴォロドスは当初、弾き慣れた別のメーカーを希望していましたが、ベヒシュタインで演奏した後、楽器が思い描く音や期待に応えたことを喜んだといいます。

アンリ:多くのピアニストは安心感を求めて、いつも同じメーカーやモデルを選びたがります。その気持ちはよく分かります。しかし、このような楽器に出会い、新たな体験をすることには大きな価値があります。だからこそ、実際に弾いて体験してみる時間がとても大切なのです。

 

音量ではなく、明瞭さが音を遠くまで届ける

 

最後に話題は、ベヒシュタインの音色が客席でどう聴こえるかへ移ります。

アンリ:ピアノから生み出された響きが、大きなホールの客席にいる聴衆にどのように伝わるか。これは非常に興味深いことです。近くではよく鳴っているように感じられるピアノでも、離れた場所では必ずしも同じように聴こえるとは限りません。

ベヒシュタインは、音を無理に押し出す印象を与えず、自然に遠くまで響きを届ける。その理由としてアンリ教授が挙げたのが、音域が組み合わされたときの明瞭さです。

よく歌うロマン派的な音色があり、倍音が混ざり合い過ぎない。音に豊かな構造を与える倍音を保ちながら、ポリフォニーや複雑な構成が明確に聴き取れる。大きさだけではなく、音楽が伝えるメッセージが豊かで明晰であることが大切だといいます。

アンリ:音を特定の方向へ投げかけるのではなく、空間全体に放射させるのです。音の像は緻密で繊細、そして非常に洗練されており、そのことが豊かな音楽的メッセージを伝えてくれます。

この特性はロマン派の作品だけでなく、豊かな色彩やオーケストラのような音の重なりを求めるドビュッシー、ラヴェルの音楽にも合うとアンリ教授は話します。

アンリ:聴き手としても弾き手としても、ベヒシュタインには、そうした要素すべてが備わっていることを感じます。まさに「指の下にオーケストラがある」かのような感覚を味わえるのです。

演奏と教育、作曲家と楽器、弾き手と聴き手。アンリ教授の言葉から見えてきたのは、どれか一つだけで音楽が成立するのではなく、すべてが互いに働きかける関係です。

次回は、音色の変化と響きの構造について、さらに掘り下げます。

 

ベヒシュタインの音色とタッチは、実際に弾き、客席から聴くことで違いが見えてきます。ベヒシュタイン・セントラム 東京では、ご試弾やピアノに関するご相談を承っています。

 

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