株式会社ベヒシュタイン・ジャパンは、ドイツ・ベルリンで生まれた世界最高峰のピアノブランド「C.Bechstein」の響きを日本へお届けしています。
ベヒシュタインのピアノがなぜ、弾き手の細やかなタッチに応え、透明感のある独特の響きを生み出すことができるのか。
今回は、代表の加藤正人が実際のピアノの断面模型を用いながら、その内部構造に隠された素材へのこだわりや、他社が外注する「ハンマー」をあえて自社製造する理由について語りました。
目に見えない部分にまで貫かれた、私たちのピアノ作りに対する情熱をお伝えします。
加藤が手に取ったのは、工場から取り寄せたピアノの蓋の断面模型です。横から見ると動物のキリンのようにも見える独特の形状をしており、何層にも重なる木材が接合されているのが分かります。
加藤:
この材料には、響板にも使われるスプルースというよく鳴る木を使っています。だからこそ、ベヒシュタインのピアノは蓋までいい音が鳴るのです。少し専門的な話になりますが、表面の色の違う部分にはブナという硬い木を使っています。手や体が触れたり、下部が当たったりする可能性のある面は、硬い木でないと凹んでしまいます。ですから、中心部には柔らかく響きの良いスプルースを使い、外側は硬いブナで守る構造にしています。さらに、時間が経って接合部へ塗料が浸透するのを防ぐため、表面にはブナの化粧板を張っています。蓋一つを取っても、音のことを考え抜いた構造になっているのです。
続いて、普段は目に見えないピアノの内部構造について説明を続けます。アクションの最も奥に位置する「奥框(おくがまち)」や、チューニングピンが埋め込まれた「ピンブロック」。それぞれのパーツに、異なる性質の木材が適材適所で組み合わされています。
加藤:
奥框も、上部には硬いブナ材を、下部には柔らかい松材を使っています。松は針葉樹で振動しやすいため、響板を支えるレールとして中音域の響きに非常に良い影響を与えます。太鼓の皮を思い浮かべてみてください。皮が接触する縁の部分が柔らかいと、振動がすぐに消えてしまいます。それと同じで、響板が乗る部分は振動を減衰させないために硬い木を使用し、その下には振動する柔らかい木を組み合わせているのです。
また、チューニングピンを保持するピンブロックには非常に硬いメイプル材を使用しています。これはピンの保持力を保つだけでなく、音の振動を素早くピアノ全体へ伝播させるためです。音がピアノの中を循環するように、緻密に材料が選ばれ、接着されています。
さらに、ピアノの外枠を覆う「側板」にも、ベヒシュタインならではの製法が隠されています。薄い木材を何枚も重ねて曲げていく工程には、音色を決定づける重要な秘密がありました。
加藤:
側板は、薄いブナ材を型にはめ、テンションをかけながら曲げて接着することで強度を出しています。私たちの大きな特徴は、この工程で木に熱を加えないことです。熱を加えないため、木が元の真っ直ぐな状態に戻ろうとする強い力が内側に残ります。接着によってその力を抑え込むことで、側板の内部に独特のテンションがかかり、それがベヒシュタインサウンドを生み出す重要な要素となっています。
シリーズによっても材の厚みを変えています。コンサートシリーズでは3ミリほどの厚い材を使い、アカデミーシリーズでは1ミリほどの薄い材を重ねています。厚みが異なれば、曲げる力や反発力も変わります。アカデミーシリーズは反発力が少し弱いため、どこか戦前の古いベヒシュタインに近い響きを持っています。一方、コンサートシリーズは非常にエネルギッシュなサウンドが出るのが特徴です。こうした素材と手間の積み重ねによって、ピアノの性格は大きく変わってきます。
話題は、ピアノの音の心臓部とも言える「ハンマー」へと移ります。弦を打ち、音を発生させるこの小さなパーツに、私たちは並々ならぬ情熱とコストを注いでいます。
加藤:
ピアノはハンマーが弦を打つことで発音しますが、欧米のピアノメーカーの中で、このハンマーを自社で製造しているのはベヒシュタインだけです。ヨーロッパの他社は専門の製作会社から購入するのが一般的です。
私たちの伝統的なハンマーの芯材(ハンマーウッド)にはくるみの木を使っていますが、シリーズや設計に合わせてマホガニーやメイプルも使い分けています。木の種類によって重量や硬度、弾力性が異なり、打弦時の発音の仕方が変わるからです。高音用と低音用でもサイズを細かく変えています。
ーー他社のように専門メーカーから買うのではなく、あえて自社で作ることにしたのには、どのような背景があるのでしょうか。
加藤:
他社が求めているハンマーの傾向と、私たちが求めているものが根本的に違ったのです。現代の主流は硬くて重いハンマーですが、私たちは戦前のベヒシュタインで使われていたような、軽くて柔らかく、弾力性のあるものを求めていました。製作会社と意見を擦り合わせるのが非常に困難になり、それならば自社で作るべきだという決断に至りました。
コスト面だけを見れば、外注した方が圧倒的に安く済みます。しかし、膨大な投資をしてでも、自分たちが理想とする音を作るためには自社製造が必要でした。実際に、私たちが修復を手がける戦前の古いベヒシュタインに、現在の工場で作った自社製ハンマーを取り付けると、音が驚くほどしっくりと馴染むのです。「私たちが目指していたのはこのサウンドだったんだ」と、深く納得することができました。これが、今のベヒシュタインの大きな強みの一つです。
ーー他社のピアノを弾いてからベヒシュタインのピアノを弾くと、やはり違いははっきりと分かるものですか。
加藤:
わかります。非常に軽やかで、音が繊細かつ軽快です。ぜひ実際に触れて感じていただきたいですね。決して野太い音ではなく、フォルテピアノのエッセンスを受け継いでいることが、随所から伝わってくるはずです。ハンマー単体ではなく、あらゆるパーツの緻密な組み合わせが、その独特の響きを作り出しています。
ーー以前、ピアニストの中島さんに実演していただいた際、非常に優しいソフトタッチの音色を響かせていらっしゃいましたが、まさに今お話しいただいた構造が生きているのですね。
【最年少15歳でショパン・コンクール出場】中島結里愛がベヒシュタインのアップライトピアノで練習する理由
加藤:
そうですね。
細部の木材選びから、熱を加えない曲げ木の技術、そして膨大な投資を決断してまで貫いた自社製ハンマーの製造。ベヒシュタインのピアノに宿る透明感と軽やかな響きは、こうした見えない部分への妥協なき探求の結晶です。私たちはこれからも、弾き手の思いに寄り添い、共に音楽を創り上げる理想のパートナーとして、この唯一無二のサウンドを守り、届けてまいります。




